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2008-02

イージス艦と漁船の衝突:第一報の遅れ

2008年2月19日午前4時7分頃、千葉県南房総市・野島崎の南南西約4 0キロの沖合で、海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」が、民間のマグロは え縄漁船「清徳丸」と衝突、清徳丸は船体が二つに割れ大破、清徳丸に乗り組 んでいた親子の行方は分からず、現在も捜索が続いているという状況です。行 方不明の乗組員の方が早く見つかってほしいと願います。

海上自衛隊の艦と民間船舶の衝突事故としては、1988年の潜水艦「なだし お」と釣り船の衝突以来の大事故である。同様の事故の再発を防止するために も、事故当時の双方の状況を詳しく調査した上での事故原因の徹底的な究明が 待たれる。

今回の事故では第一報の遅れが問題視されている。事故発生から石破防衛相に 一報が入るまで1時間30分、福田首相には約2時間もかかっている。事故発 生からの流れを追うと、次のようになる。

  • 午前4時07分:事故発生
  • 午前4時23分:イージス艦から海上保安庁に事故の連絡が入る
  • 午前4時40分:海上幕僚監部に連絡が入る
  • 午前5時00分:海自トップの海上幕僚長や防衛省の内部部局に連絡が入る
  • 午前5時38分:石破防衛相に一報
  • 午前5時55分:首相官邸に情報連絡室を設置
  • 午前6時05分:福田首相はが船員の捜索に全力を尽くすように関係者に指示
  • 午前8時00分:関係閣僚会議を開く

海上幕僚監部から石破防衛相まで情報が到達するまでに1時間もかかるのは異 常な遅さだろう。

Yomiuri Onlineは次のように報じている。

重大事件・事故、各幕僚長が防衛相に直接第一報へ : 政治 : YOMIURI ONLINE

防衛省は19日、海上自衛隊イージス艦衝突事故で防衛相への連絡が遅れた ことを受け、重大な事件・事故が発生した場合、陸海空の各幕僚長が防衛相 に直接第一報を伝えるよう防衛次官通達を改正した。

 現行の通達では、各幕僚監部が秘書官を通じて、防衛相に第一報を1時間 以内に事務的に伝えると定めているが、今回の事故では、海上幕僚監部は海 上幕僚長と内局にしか報告していなかった。石破防衛相が内局から報告を受 けたのは、海上幕僚長が事実関係を把握してから約40分後だった。

この記事を読んで分かることは、まず、現行のルールが、幕僚監部が秘書官を 通じて防衛相に第一報を1時間以内に事務的に伝えるという、悠長なものであっ たことである。幕僚長は防衛相を補佐する立場の人間であり、重大な事件・事 故が発生した場合、幕僚長から防衛相に直接情報が上がるのは当然なのだが、 そんな当たり前の連絡ルートが確立されていなかったとには唖然とする。

さらに、現行のルールさえ守られていなかったことが分かる。現行のルールで は、海上幕僚監部は防衛相に第一報を伝えることになっていたにもかかわらず、 それを怠っている。

悪い情報ほど第一報を早く上げろというのは、組織においては鉄則だ。第一報 が遅れる原因としては次の3つが考えられる。

  • 適切な連絡ルートが確立されていない
  • 状況の重大さが認識できていない
  • 悪い情報は上に報告したくないという人間の心理

今回の場合、適切な連絡ルートが確立されていなかったということがまずある ようだが、それだけだろうか。状況の重大さが認識されていれば、海上幕僚長 に情報が入った時点で、現状のルールにはないにせよ、防衛相に第一報をもた らすことはできたのではないか。

悪い情報は報告したくないというのは人間の心理ではあるが、悪い情報であれ ばあるほど、確認はしなくてもよいから、とにかく素早く報告しなければなら ない。最悪の事態を避けるために守らなければならない鉄則である。この鉄則 を守ることができる組織を作るためには、上に立つものは、部下から悪い情報 が第一報として上がってきたときに、決して怒ってはならない。悪い情報を上 司に報告したら怒られると思えば、部下は悪い情報を手にしたとき、自己保身 の気持ちが先立って、十分に周辺情報を集めてからでないと情報を上に報告し たがらくなってしまうからである。そういった意味で、防衛省の中の信頼関係 はどうであったのか。

防衛省という国の安全保障を預かる組織が、第一報の連絡の遅れという、こん な緩いことで大丈夫かという思いをいだく人は多いだろう。私もそうである。 しかし、これは他人事ではないとも思う。自分が働いている職場であれ、日々 生活する家庭であれ、悪い情報が素早く連絡される環境は整っているだろうか。 悪い情報を聞いたときに、不愉快な態度や怒りを示してはいないだろうか。自 分の周りや、自分の態度を思い起こしてみると、必ずしも万全とは言えないこ とにも気づかされる。

キレない自分

斎藤茂太氏の「人間関係で「キレる!」と思ったら読む本」 を読んでいる。

人によるのだろうが、日々生活していると、キレてしまいそうになることはある。人はなぜキレてしまいそうになるか。あるいは、実際にキレてしまうのか。この問いに対して、斉藤氏は、「キレる」ことが自分を救う手段になっているからだろうと言う。確かに、キレることは、無理や我慢を重ねて心身が病気になってしまうことから、自分を救おうとしているという側面はあるだろう。

しかし、それでほんとうに自分を救えるのかというと、そうではなくて、キレることによって状況をさらに悪化させ、自分を窮地に追いやってしまうことも多々ある。少し長い目で見ればわかることだが、キレ得ということはない。我々の社会は、ここぞというところでキレる人に対して信頼を置かないようにできている。キレても問題は解決しないのである。

この本は、キレないで問題を解決するためのコツが紹介されていて、身につまされならがも、楽しく読むことができる。この本を読みながらキレたとしたら、かなりの重症と言えるだろう。

そのうちのコツの一つ。気にしないという決め事をつくることで、感情をコントロールする。たとえば、朝出かける前には夫婦げんかをしないように決めておくというのは、実践している人も多いのではないだろうか。あるいは、会社のある人物に何を言われても気にしないように決めておくとか。苦手な相手だからといって挨拶もしないのはいけないが、不愉快なことを言われても受け流すように決めておく。前もって決め事をつくっておくということがポイントである。苦手な相手とは、挨拶、連絡といった基本ルールはきっちりと守ることで、ていねいに付き合うことが大切であるというのも、斉藤氏のアドバイスの一つである。

もう一つ、腑に落ちたアドバイスは、悩みごとには締め切りをつくっておく。締め切りが過ぎたら、悩むことはおしまいにする。そう、同じことをグルグル考え続けたあげく、結局何も解決せず、それがさらに悩みを深めて、また悩み始める、なんていうことはばかげたことだ。

思考は自分の道具として使うものであって、それに振り回される必要はなく、感情は湧き上がるままに流せばよいのです。

人間関係で「キレる!」と思ったら読む本
斎藤 茂太
4860811399

晴れた日はいいもんだ

一仕事終えて、何をするでもなく、外を歩いた。夕暮れの日常の風景。よく晴れている。何も考えず、ただ佇み、自由だなとつぶやいてみる。人は本来自由なのだ。縛られていると感じるのは思い込みに過ぎない。

晴れた日はいいもんだ。ふとそう思った。この自然な気持ちのまま、なにゆきにまかせてみよう。

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