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2007-05

太陽星座占いはどれほど前からあるのか

鏡リュウジのRyuz-cafeで紹介されていたKim Farnellの「Flirting with the Zodiac」が「太陽星座占いの起源を精緻にギリシャまでたどっていった意欲作」 ということで紹介されていたので,読んでいるところです: 太陽星座占いの「起源」

Flirting with the Zodiac
Kim Farnell
1902405234

最初から脱線ですが,占星術では,春分点を基点に黄道を12区分したものの一 つ一つをサインと呼んで,反時計回りに順に牡羊,牡牛,…,魚と名づけてい ます.夜空の星座とは異なるので,星座とは呼ばずに,サインと呼ぶのが流儀 となっています.

なので,「太陽星座占い」ではなくて,「太陽サイン占い」とでも言うべきで しょうという声が聞こえてきそうですが(実際,Kim FarnellはSun Sign Astrologyと呼んでいます),日本語で「太陽星座占い」は一般に浸透した表現 であるので,このエントリでも太陽星座占いと書きます.また,分かりやすさ のため,ホロスコープで太陽が入るサイン(太陽サイン)のことを太陽星座と 呼びます.正確さより,伝わることの方がよほど大事なので.

で,太陽星座占いというのは,人が生まれたときのホロスコープの太陽星座を 使って,

  1. その人の性格を占う
  2. その人に起きる出来事を占う

という2つの占いを言います.

雑誌,テレビ,ラジオ,ネットの上でよく見かける,「ふたご座のあなたの性 格は」とか,「今月のおとめ座の運勢は」といった占いのことです.ポピュラー な星占いです.

ちなみに,太陽星座占いは,誕生日星占いともばれて,誕生日から自分の太陽 サインを見つけて占うのが一般的ですが,サインとサインの境目あたりに生ま れた人は,実際には,出生時間が分からないと,自分の太陽星座は導き出せま せん.

というのも,太陽は,毎年同日に黄道上の同じポイントに正確に戻ってくるわ けではないですし,太陽が,日本時間において日付が変わるのに合わせて,都 合よく一つのサインから次のサインに移動してくれるわけではないからです.

そういう困難さはあるのですが,多くの人は,問われれば自分の太陽星座を答 えることができ(間違っているかもしれませんが),太陽星座占いは多くの人 にとって馴染みのある占いとなっています.

太陽星座占いがどれほど前から存在するのか,ということに関しては,鏡リュ ウジのRyuz-cafe  にもあるように,1930年にR.H.Naylorが新聞に太陽星座占いのコラムを書いた のが最初であるというのが,よくある説明ですが,Kim Farnellは, 「Flirting with the Zodiac]の中で,そうではないと言います.

「太陽星座占いがどれほど前から存在するのか?(How old is Sun sign astrology?)」という問いに対するKim Farnellの答えは,「占星術と同じくら い古いように思える(The answer appears to be that it’s as old as astrology)」です.

Kim Farnellは,太陽星座占いは,すぐに捨てられる性質のもの(disposal and ephemeral)であるため,なかなか記録には残りづらいと言っています.さ らに,太陽星座占いは,普通の人々のための占いであり,より複雑な占星術に 必要な計算を行うための技量をもってない人々,あるいは,そういったことを 行うことには関心がない人々のためのものであるとも言っています.

しかし,それでも,太陽星座に言及している古代の文献を見つけることはでき て,Kim Farnellは,幾つかその例を示しています.その一つは,死海文書 (Farnell によると紀元前3世紀から起源後68年)であり,牡牛サインの下に生 まれた人間の容姿などについて書かれています.さらに,Kim Farnellは,太陽 サインについて言及した古代ギリシャ・ローマの文献を幾つか示しています. それらの文献では,太陽星座と人間の容姿,性格などの関連が書かれています.

確かに,このように考えると,今日知られている太陽星座占いのうち,太陽星 座を使って,その人の性格を占うということに関しては,その起源を古代ギリ シャ・ローマ,あるいはそれ以前に遡れると言えるのだと思います.

冷静に考えると,人にとって太陽は最も重要な天体であり,よく観測した天体 であったはずなので,太陽星座占いが占星術と同じくらい古いというのは,そ れほど驚くべきことではない主張なのかもしれませんが,文献を地道に追って いって,主張をサポートする証拠を示しながら,説得力をもって論じるという のは,非常によい仕事だなと思います.

ふるさと納税制度

住民税の一部を生まれ故郷などの自治体に納めることを可能とする「ふるさと 納税」制度が議論されています.

自民党の中川昭一政調会長が「技術的に非常に難しい」と発言していますが, そういった技術論は置いておくとしても,地方税には,地方自治体から受けて いる行政サービスの対価という応益課税の原則があるわけで,実際には住んで いない地方へ住民税の一部を分納するというのは,住民税の主旨に反し,不公 平感を醸成することになります.

住民は,税金を払うだけではなく,税金の使い道を決める代表を選挙によって 選び,その代表たちが変なことをしていないかを監視するということがあって, はじめて地方自治が成り立つわけですが,ふるさと納税制度の場合,現住地以 外の自治体へ税金を納めても,その使い道に対して参政権や選挙権による意思 表示ができません.

また,国民の多くを占めるサラリーマンが,ふるさと納税を申告するために, 面倒になると予測されるな事務手続きを行うとは思えません.それとも,ふる さと納税のための手続きを円滑に実施できるように,新しい部署などが役所に できて,そこに誰かが天下ったりするのでしょうか.実際,それも目的だった りするのではと勘ぐりたくなります.

と考えていくと,ふるさと納税制度は,まともに機能する制度とは思えません. 地域間で広がる税収格差が問題であるならば,住民税の一部を回すといった不 自然な方法ではなく,現住地以外の自治体への寄付金を税額控除するといった 方がよほどスマートです.

あと,以下妄想です.

この「ふるさと納税」というのは,単に,地域間の税収格差を是正するという ことだけで,単発的に発想されたものではなく,少子化やそれに伴う年金制度 の問題と絡んで,現代の日本社会における子ども観や親子関係観を,少し昔に 引き戻したいという考えが背景にあって,そこから出てきているのではないか と,勝手に思っています.

子供を可愛いと思わなかった時代 - FIFTH EDITION にあるように, 人類の長い歴史の中では,「子どもは無条件に愛すべき純粋無垢な存在」とい う子ども観が登場するのは,ごく最近のことで,むしろ,子どもを親や大人た ちにとっての労働力や使役の対象とみなし,子どもが親や大人たちの経済資本 であった時代が長く続きました.

『自分(親)の為の子作り』と『子どもの為の子作り』:少産少死の現代社会における親子関係と社会道徳 では,子どもを作って増やすことが,親の将来利益や老後保障に結びつく伝統 社会では,特別な少子化対策をしなくても,子どもを持つインセンティブ(誘 因)が非常に大きいので,自然に男女は子どもを増やす行動(戦略)を無意識 的に採用する,と論じています.

さらに,上の記事 では,現代においては,親が子どもからの見返りを子どもの義務として期待する 心を否定的に見る道徳規範が醸成されており,それも現代の若者の出産を抑制 している原因の一つと考えられるのではないか,としています.

少子化という現象は,複雑な要因が絡んでいる現象でしょうから,単一の原因 でもって説明することはできませんが,確かに,社会の中での子ども観,親子 関係観が変化してきたこととも,関係しているように思えます.

少子高齢化が進めば,社会はドラスティックな人口構造の変化を経験すること になり,将来年金制度はどうなっていくのだろうという話にもなってくるわけ ですが,とはいうものの,親の世代が老人になったときに,それを支えてくれ る存在として子どもをみなし,自分の老後のために子どもを作りましょうとい う考えが支持されているとは思えません.現代においても親孝行は美徳なわけ ですが,それを前面に押し出して,子どもからの援助を期待するという考えは, 受け入れられない傾向が強いです.

現在構想されている「ふるさと納税」制度というのは,義務ではなく,そうし たい人がそうするための制度ですが,自分を育ててくれたふるさとに恩返しす るという考え方が背景にあることは事実です.

さらに勝手なことを言えば,子どもは,育ててくれた親に恩を返し,親は,子 どものためだけではなく,親自身のために子どもを作る,という方向へ,人々 の意識を少し戻したいという背景があって,そこから今回の「ふるさと納税」 のような発想も出てきているんじゃないかなと,勝手に思っています.

伝統社会が備えていたもののを,必要に応じて,現代社会に合った形で取り入 れていこうとすること自体には,反対ではないですが,それを推し進めようと しているらしい人たちが,言動に説得力がなく,適切な言葉で正面きって論じ ることができていないように見えます.「ふるさと納税」制度というのもそう で,育ててもらった故郷に恩返しするという発想を,現在の税法や地方自治の 考え方とは相容れない,いびつな形でしか提案できないところに,底の浅さを 見ます.

先人の仕事を尊重しつつ,疑うこと

John Frawleyのレセプションの捉え方が,伝統的な占星術のレセプションとは 異なるものであるということを書いてきましたが,Robert Zollerも,著書の 「The Arabic Parts in Astrology: The Lost Key to Prediction 」の中で, ホロスコープを解読する際に,天王星,海王星,冥王星を現代的な解釈の下で 参照していますし,Lee Lehmanは,著書「The Martial Arts of Horary Astrology」の中で,パートナーを伝統的な7ハウスだけでなく,5ハウスにも当 てはめるということを試みているわけで,伝統占星術の権威と見なされている 人たちの仕事が,17世紀以前の伝占星術の伝統に徹頭徹尾沿っているなんてこ とは,なかなか言えることではありません.

もちろん,Zollerは,伝統の文脈の中で語っていたわけではないし,Lehmanも, 伝統から逸脱していることは分かった上で議論を展開しているわけで, Frawleyが,伝統的な技法の名の下に,それとは実際には異なる技法を示してい ることとは,質は違います.

しかし,いずれにせよ,この人の著書だけを読んでいけば,伝統占星術をよく 理解できて,安心なんてことは,まずありえません.

まず,伝統占星術といっても,不変で一貫した伝統が,いつの時代も変わらず に存在してきたとは,言いがたいです.占星術の歴史を振り返ると,古代ギリ シャ・ローマの占星術があって,その後,西ローマ帝国が滅び,ヘレニズムの 伝統が西ヨーロッパで潰えた後は,イスラム世界で占星術は発展し,その後, 12-13 世紀に西ヨーロッパに移植されたという過程の中で,様々な断絶,混乱, 付加などがあったはずです.

そういった長い歴史を通して,どのように占星術が変遷していったかについて, 正確に理解することは至難の技であり,整理されていないことや,よく理解さ れていないことは,まだだ多いです.そもそも,混乱や断絶があったわけなの で,首尾一貫した不変なものがあったことを前提として,議論を展開すること はできないのです.

したがって,伝統占星術の権威とみなされるような人でも,その人生の中で, 考えを変えていきますし,伝統占星術のコミュニティがもつ常識も,不変では なく,変わっていきます.

学問の領域では,自ら学んで,自分なりに考えていくとき,あるいは,もっと 進んだ人ならば,独自の仕事をなそうとするときは,権威や先人の考えや仕事 を尊重しつつ,それを疑うという,一見矛盾した態度が求められます.

占星術の実践家による占星術に対する取り組みが,現代的な意味で学問と言え るかというと,それは怪しいと思っていますが(科学史の対象として占星術を 捉える場合は,学問として成立するわけですが),少なくとも,占星術という 領域においても,ある信念体系(一つではありません)を共有するコミュニティ の中で,他者の考えを参照しながら自分の考えを形作っていったり,議論を通 して互いの考えに影響を与えるといったことは行うわけですから,やはり「権 威や先人の考えや仕事を尊重しつつ,それを疑う」という態度は価値あるもの です.それがないと,硬直化した,進展のない領域となってしまうからです.

日本の中で,占星術の伝統に専門的な関心をもつ人は少ないと思いますが, 「権威や先人の考えや仕事を尊重しつつ,それを疑う」ということを頭の隅に おきつつ,且つ,楽しみながら,やっていくとよいと思います.というか,自 分では,そういう感じでやっていきたいです.

私は,単なる素人で,能力から考えて,「占星術の伝統をよく分かった人」に はなれそうもないですが,今より年齢を重ねていったときには,自分より若い 人たちから色々と教えてもらうという状況を楽しみにしています.自分が「よ く分かった人」になるよりも,そちらの状況の方が楽しそうだし,占星術の伝 統のバトンが次の世代に渡されていったということを実感できるんじゃないか と思うので.

William Lilly’s Aged Man Chart

これまでのエントリで,伝統占星術におけるレセプションがどういうもの であり,Frawleyのレセプションの捉え方は,William Lillyも含めて伝統的な 技法とは異なるものである,ということを書いてきましたが,このエントリで 一段落させたいと思います.

これまで書いてきたことは, Deborah HouldingのSkyscriptフォーラム で議論されたことをまとめたものです.

フォーラムでの議論では,FrawleyとLillyのレセプションの技法を比較するた めに,Lillyによって提示された一枚のホラリー・チャートを例にとっていまし た.Frawleyが,自身のアーティクルの中で,彼の流儀に沿って,そのチャート を読んでおり,それがLillyの読み方との良い対比となっているためです.非常 に参考になるので,以下において,フォーラムでの議論を参考に,Frawleyと Lillyの読み方を対比させます.

William Lillyが示したホラリー・チャートとは次のものです.

“A Gentlewoman desired to know if she should have an aged man; yea or no” from William Lilly, England’s Prophetical Merlin, p.133.

質問者は女性で,相手は年をとった男性です.相手の男性は質問者の女性と結 婚したがっていて,質問者の女性はそれを受け入れようかどうかを尋ねている ホラリーです.

Lillyによるリーディングの全貌は,Deborah Houldingが自身のサイトに再掲 してくれていますので,そちらをご覧ください:Skyscript: Aged man?

このホラリー・チャートに関するFrawleyの解読は,「The Astrologer’s Apprentice, Issue 20, pp.10-14」を参照してください.

Lillyは,質問者の女性の表示体として1ハウス(乙女)のルーラーである水星 をとりあげ,相手の男性の表示体として7ハウス(魚)のルーラーである木星を とりあげます.Lillyは,質問者の表示体として月を使うことを陽に宣言してい ませんが,実際には月も質問者の表示体として使います.Lillyは,当たり前の ことなので,陽には宣言していないだけです.

Lillyは,次の2つのことから,質問者の女性は,最近,相手の男性と婚約 (treaty)を交わしたと判断しています.

  • 水星が木星とのセクスタイルから離れつつある
  • 月が木星とのスクエアから離れつつある

これは,アスペクトがいったんは成立したけれども,それから離れつつあるの で,過去の出来事と読んでいるわけです.

さらに,次の2つのことから,相手の男性はそのことを懇願した,切望した (importune)と判断しています.

  • 木星が水星をエザルテーションでレシーブしている
  • 木星がアセンダントとトラインである

水星は,木星がエザルテーションとなるサインにあって,且つ,木星と水星は, (離れつつあるけれども)セクスタイルのアスペクトをもっていました.した がって,木星(相手の男性)が水星(質問者の女性)をレシーブしているとい うレセプションが成立していることが分かります.このことから,木星(男性) は,水星(質問者の女性)の関心や好意を受け入れたと読むわけです.これは 伝統的な占星術におけるレセプションの捉え方と合致しています.質問者の女 性はホラリーを依頼しているぐらいですから,相手の男性に関心があったのは 当然でしょう.木星が水星をレシーブしていることから,それを質問者の男性 は喜んで受け入れたということが読みとれるわけです.

木星がアセンダントとトラインであることは,Deborah Houldingによると,相 手の男性が質問者の女性の見た目に惹かれたことを示しているということです.

Lillyが読んだことをそのまま理解すると,上のようになるのですが,この Lillyの読み方に関して,Frawleyは,誤解を生む(misleading)読み方であると 書いています(The Astrologer’s Apprentice, Issue 20, pp.10-14).

どういうことかと言うと,Frawleyは,彼の流儀のレセプションの考え方に基づ いて,水星が,木星がエグザルテーションとなる場所にあるのだから,水星が 木星をエグザルトする(恋焦がれる)という読み方になるのであればよいが, Lilly の書いているのは,その逆なので,誤解を生むと主張しているのです.

確かに,Lillyのこの部分のレセプションの使い方が,Frawleyのレセプション の使い方と矛盾することは確かです.しかし,Lillyのレセプションの使い方は, 占星術の伝統と合致するものであり,むしろ,Frawleyのレセプション技法が, 伝統とは異なるものなのです.自分の読み方とは違うから,Lillyのリーディン グが誤解を生むものと判断するのは,我田引水と言わざるをえません.

Lillyのリーディングに話を戻します.水星と月の次のアスペクトを見てみると, 水星は火星とスクエアのアスペクトをとり,月は火星とセクスタイルのアスペ クトをとります.このことから,Lillyは,質問者の女性は,相手の男性(木星) から,別の男性(火星)に関心や愛情を移したと読んでいます.水星は火星と 同じ度数でスクエアですから,ホラリーの時点では,女性の関心は別の男性 (火星)に移っていると考えたわけです.これは,速度の速い天体が状況を変 えていくということと,その速度の速い天体がどういったアスペクトを順に形 成していくか,ということから導き出されるリーディングです.ここまではレ セプションとは関係ありません.

さらに,Lillyは,次の理由で,質問者の女性の別の男性(火星)に対する関心 は,実を結ばないと判断しています.

  • 火星も月も不運なハウスにある(火星は8ハウス,月は6ハウス)
  • 水星も月も,火星が位置する場所でディグニティをもたない

水星(質問者の女性)と火星(別の男性)はスクエアですが,スクエアは困難 なアスペクトであること,火星は本来破壊的な天体であること,火星は8ハウス という不運なハウスにあることから考えて,このアスペクトは事を成就させる とは言えません.月(質問者の女性)と火星(別の男性)はセクスタイルです が,火星が本来破壊的な天体であり,両天体とも不運なハウスにあるという困 難さをセクスタイルではくつがえすことはできません.

もし,水星と火星のスクエア,月と火星のセクスタイルに,メジャーなディグ ニティ(サインルーラーやエグザルテーション)による強力なレセプションが 介在していれば,こういった困難さをくつがえすことはできるのでしょうが, そういったレセプションはありません.

水星や月が,火星が位置する場所でディグニティをもてば,レセプションが成 立するので,別の男性(火星)も質問者の女性(水星や月)に関心をもち,女 性もそれを受け入れて,事が成就するという読み方になると考えます.

Lillyは,質問者の女性が別の男性に好意を移したことは,アスペクトから既に 導き出しているので,そのことに加えて,もし水星や月が,火星が位置する場 所でディグニティをもてば,別の男性が質問者の女性に対して愛情をもち,そ れを女性が受け入れると読めるというだけのことなので,Lillyの書いているこ とは,伝統的なレセプションに沿ったものと捉えても,矛盾は生じません.

Frawleyは,Lillyが,火星(別の男性)が位置する場所で,水星や月(質問者 の女性)がディグニティをもつかどうかということから,別の男性が女性に関 心があるかどうかの判断を導いていることから,リーディングの最初にあった, 水星(質問者の女性)が位置する場所で,木星(相手の男性)がディグニティ をもつのにもかかわらず,逆に,相手の男性が質問者の女性との結婚を切望し たと読んだのと矛盾していると書いています(p.13).しかし,上に書いたよう に,Lillyが伝統的なレセプションの考え方に沿って読んでいると考えて, Lillyのリーディングに矛盾が生じることはないのです.

あと,Lillyは書いていないですが,水星や月が,火星がディグニティをもつ場 所にあれば,質問者の女性の愛情を別の男性が受け入れて,事が成就するとう いう読み方になると考えます.Lillyは,月が質問者の表示体になることをいち いち書かずに,そのことを前提としてチャートを読むということを普通にやっ ていますから,書いていないこと自体は別に不思議ではありません.このこと は,Lillyが陽に書いているにもかかわらず,それは誤解を生むから,無視しよ うというFrawleyの態度とは異なります.

もう一つ補足すると,Deborah Houldingによると,「天体Aが,自分が位置する 場所を支配する天体Bを愛する」というFrawleyの構図が,信頼度高く成立する のは,その天体が自身が支配するサインにあるときだけだと書いています.そ の場合,天体がアクシデンタルにどの位置にあるかに応じて,自尊心か自己愛を表すとい うことです(参照:Deborah HouldingによるThu Sep 22, 2005 5:35 のポスト). (これは,12ハウスなどにあれば,悪い意味での自己愛,アングルなどの強い場所にあれば,良い意味での自尊心を表すといったことを言っているのだと考えます.) このLillyのチャートの場合,火星(別の男性)は,自分が支配す るサイン(牡羊)にありますから,別の男性は,自分自身に関心があり,この ことも,質問者の女性の別の男性に対する愛情は成就しないことを示している と言えそうです.いずれにせよ,それは,レセプションとは無関係な議論です.

長々と書きましたが,John Frawleyが,現代を代表する伝統占星術の実践家で あること,彼の著作物が宝の山であることに,変わりはありません.ただ,彼 がレセプションと呼んでいるものは,伝統的にはレセプションと呼ぶべきで はなく,それこそ誤解を生んだり,本来のレセプションの技法を正しく理解す ることを妨げているということは指摘しておきたいと思います.

John Frawleyが言うところのレセプション

これまでのエントリで伝統占星術におけるレセプションについて書いてきました.

John Frawleyは,現代における伝統占星術の 主唱者の一人であり,彼の書いたReal Astrology, Real Astrology Appliedは, 伝統占星術の真髄を伝えることに成功している本であると思います.

しかし,レセプションに関わる議論で触れたように, John Frawleyが言うところのレセプションは,William Lillyが用いたレセプショ ンとも,伝統占星術の他の占星家が用いてきたレセプションとも異なるもので あり,Frawleyのレセプションの技法は,伝統占星術におけるレセプションの技 法とは言えないということが,Deborah Houldingなどによって, Skyscriptのフォーラム の上で議論されています.

John Frawleyは,レセプションの成立条件を「天体Bがエセンシャルなディグニ ティをもつ場所に天体Aが位置するとき,天体Aは天体Bにレシーブされる,ある いは,天体Bは天体Aをレシーブする」と定義しています.強調すべきは, Frawleyのレセプションでは,天体Aと天体Bの間にアスペクトがあることは要請 されないということです.

さらに,Frawleyは,レセプションの機能に関して,天体Aが天体Bにレシーブさ れるとき,「天体Aは天体Bを好む/愛する」,「天体Aは天体Bのコントロール 下にある」といった意味づけをもたらすものとして捉えています.この意味づ けは,天体Aが位置する場所において天体Bがもつディグニティの種類によって 異なります.サイン・ルーラーの場合は「AはBを愛する」,エグザルテーショ ンの場合は,「AはBに夢中になっている」といった具合です[John Frawley, The Horary Textbook, pp.71-75].

Frawleyのレセプションの説明は確かに分かりやすいのですが,伝統占星術にお けるレセプションの考え方とは異なるものです.これまでのエントリで説明し てきた通り,レセプションが成立するためには,アスペクトが必要であり,ア スペクトがあるからこそ,レセプションに固有の機能が効いてくるわけですが, Frawleyのレセプションではアスペクトを要求していません.Frawleyが言うと ころのレセプションは,伝統占星術におけるレセプションではなく,むしろディ スポーズ(dispose),ディスポジター(dispositor)という概念として捉えるの が自然です.

天体Aが天体Bによってディスポーズされるとは,天体Bがエセンシャルなディグ ニティをもつ場所に天体Aが位置することを言います.このとき,天体Bは天体 Aのディスポジターと呼ばれます.エセンシャルなディグニティはどんなもので も構いません.サイン・ルーラー(エグザルテーション・ルーラー,トリプリ シティ・ルーラー,…)によってディスポーズされるなどと言います.また, アスペクトは必要としません. このように,ディポーズという概念は,Frawleyのレシーブと同じものであることが分かります.

天体Aが天体Bにディスポーズされるとき,すなわち,天体Aが,天体Bが何らか のエセンシャル・ディグニティによって支配する場所に位置するということは, 天体Aが何らかの関心を天体Bに対して向けているということは言えるかもしれ ません.ただし,Frawleyの言うように,エセンシャル・ディグニティの種類に 応じて,愛する,夢中になるといった意味が導かれるかどうかは,議論の余地 があるでしょうが.

いずれにせよ,天体Aが天体Bに対して何らかの関心を向けているといった意味 が導かれるにしても,そのことは,単に,天体Aが天体Bにディスポーズされて いるということに由来するものです.レセプションが成立するためには, 加えて,天体Aと天体Bがアスペクトすることが必要であり,アスペクトが成立 してはじめて,天体Bが,天体Aの関心を受け入れ,天体Aに力を与えるという, レセプション固有の意味が導かれます.また,天体Aと天体Bが互いに敵意をも つような関係であっても,レセプションによってその敵意が和らげられるという, レセプションの重要な機能が効力を発揮することになります.

伝統占星術において,これをなぜレセプションと名づけたかということは, 「レシーブ(recieve)」に「お客を迎える,歓迎する」という意味があることを 考えれば,ごく自然に納得できることです.天体Bが天体Aをレシーブするとは, 天体Bが,自分の家に来た天体Aを自分の客として迎えるということなのです. それには,天体Aが天体Bの家に入ることだけではなく,天体Aと天体Bの間にア スペクトが成立することで,天体Bが天体Aの存在を認め,受け入れることが必 要になるというわけです.

このように,Frawleyの言うところのレセプションは,伝統占星術におけるレセ プションとは異なるものです.Frawleyのレセプションの技法は,ディスポーズ という概念を使った技法と捉えれば,伝統占星術の枠組みの中で位置づけるこ とは可能であると見ていますが,それは私の仕事ではないので,深入りしませ ん.

Frawleyは,レシーブという言葉を緩く定義して,ディスポーズと同じ意味で使っ ているだけで,それは用語選びの問題に過ぎないと反論する人がいるかもしれ ませんが,それは的を射た反論とはなりません.これは単なる用語選びの問題 ではないのです.なぜなら,本来のレセプションとは異なるものをレセプショ ンと言うことで,本来の意味でのレセプションがホロスコープ解読において果 たす重要な役割が見過ごされ,レセプションの機能を正しく理解することを妨 げられる可能性があるからです.

私は,John Frawleyという占星家を尊敬していますが,彼の現時点におけるレセプションの捉え方は,伝統占星術におけるレセプションとは異なるものであると考えます. 彼の言うところのレシーブをディスポーズと読み替えるならば,Frawley独自の方法として,適用場面によっては,役立つテクニックであると認識しています.

レセプションの機能

先のエントリでは, レセプションが成立する条件について書きました.まとめておきます.

レセプション(Reception)
天体Aが天体Bによってレシーブされる(recieved),あるいは,天体Bが天体Aをレシーブする(receive)とは,
天体Aが位置するサインまたは度数において,天体Bがエセンシャルなディグニティをもち,且つ,天体Aと天体Bが合あるいはアスペクトをもつときを言う.
ただし,ミューチャル・レセプションの場合,すなわち,2天体が,互いがディグニティをもつ位置にある場合は,2天体が合あるいはアスペクトをとっていなくとも,レセプションと同様の効果が期待できる.

なお,天体が位置する場所において天体Bがディグニティともつといっても, どんなディグニティでも同じ効果をもつわけではなく,サイン・ルーラーとエ グザルテーションによるレセプションの場合に効果が大きいと言われています. トリプリシティ,ターム,フェイスといったマイナーなディグニティによるレ セプションの場合は効果が小さく,Bonattiなどは,マイナーなディグニティの みのレセプションが効果を現すためには,2種類のマイナー・ディグニティによ るレセプションが必要であると言っています.

さて,このエントリでは,ホロスコープ解読におけるレセプションの働きにつ いて,まとめておきます.以下のテキストを参考にしています.

Deborah Houldingの記事に あるように,Bonattiは,レセプションの働きに関して,次のように記述してい ます(Bonatti, Liber Astronomiae,Treatise III, the Second Part, Chapter XC).

天体Aが天体Bによってレシーブされるとき,天体Bは,天体Aに対して,自身の 影響力,性質,効力を委ね,授ける.([Planet B] commits and gives [to Planet A] its own disposition, nature and virtue)
………
たとえ2つの天体が敵同士であったとしても(even if the planets are hostile),天体Bは天体Aに対して影響力を与える.

「影響力」とか「効力」とか「委ね,授ける」とか,あまり良い訳ではないで す.これだけでは分かりづらいと思うので,もう少し具体的に説明してみます.

天体Aが天体Bによって支配されるサインに位置しているとします.天体Bによって支配されるサインというのは,天体Bがサイン・ルーラーとなるサインという意味でもよいし, 天体Bがエグザルテーションとなるサインという意味でもよいです.その心は,天体Bが力をもっている場所に天体Aがいるということです.

また,天体Aが天体Bによって支配される場所に位置するということの意味は,状況に応じて様々です. 天体Aは天体Bに関心をもっているのかもしれないし,天体Aは天体Bの管轄下で何かやろうとしているのかもしれないし, 天体Bは何らかの意味で天体Aに捕らえられているのかもしれません. いずれにせよ,ここまでは,天体Aが天体Bによって支配される場所にいるということに由来する解釈であって, レセプションとは関係のない解釈です.

このとき,天体Aが天体Bによって支配されるサインに位置していることに加えて, 天体Aと天体Bが合あるいはアスペクトをとっていると,レセプションが成立します. Bonattiの説明だと,「天体Bは,天体Aに対して自身の影響力,性質,効力を委 ね,授ける(commits and gives ts own disposition, nature and virtue)」 ということになるわけですが,どういうことかと言うと,天体Bは,自分が支配 する場所にいる天体Aに対して,「そこにいていいよ.君はウェルカムだ」, 「あなたの関心を受け入れますよ」,「君に僕の力を与えよう」,「君のため に僕の力を使ってあげよう」などと,天体Bは天体Aを受け入れ,手助けしてく れるようになるわけです.このことは,Deborah Houlding が書いているように,王様が,自分に従う配下の者たちに対して,思いやりの心をもち,彼らのために力を行使してやることとに似ています.

さらに,レセプションの重要な機能として,天体Aと天体Bが互いに敵意をもつ ような関係であっても,,天体Aと天体Bの間にレセプションがあれば,その敵 意を和らげることができるという機能があります.このレセプションの機能は, 伝統占星術の文献に何度も繰り返して現れます.天体Aが,マレフィックな天体 Bとスクエアであっても,天体Bが天体Aをレシーブしていれば,困難さは和らげ られるとか,あるいは,場合によっては事が成就する,といった具合です.

この典型的な例が,William LillyのChirstian Astrology, Vol.I, p.173にあ ります.Lillyは,ここで,「相手に要求したお金やモノを手に入れることがで きるか?」(相手にお金を貸していてそれを返してもらうような場合)という ホラリーを解読するルールについて説明しています.

詳しい解説は, Deborah Houldingの記事を読 んでいただくこととして, 簡単に説明すると,この状況では,質問者は1ハウス・ルーラーか月,相手は7 ハウス・ルーラーで表されます.相手のお金(質問者が手に入れたいもの)は, 8ハウスが管轄します.

Lillyは,まず,1ハウス・ルーラーあるいは月が8ハウス・ルーラー,8ハウス 内の天体とアスペクトするかどうかを見なさいと言います.もし,1ハウス・ルー ラーあるいは月が,8ハウス内の天体とアスペクトをとり,且つ,その8ハウス 内の天体が幸運な天体であり,アスペクトが調和的なアスペクト(トライン/ セクスタイル)であれば,事は成就します(お金は手に入ります),とLilly は言います.ここで,幸運な天体とは,単純には,状態のよい木星や金星を考 えればよいでしょう.

次に,1ハウス・ルーラーあるいは月が,8ハウス内の不運な天体や,8ハウス・ ルーラーとアスペクトをもち,且つ,8ハウス内の天体や8ハウス・ルーラーが 1ハウス・ルーラーあるいは月をレシーブするするならば,事は成就すると言い ます.ここで,不運な天体とは,単純には,土星や火星を考えればよいです.

さらに,1ハウス・ルーラーあるいは月が,8ハウス内の不運な天体や,8ハウス・ ルーラーとアスペクトをもち,且つ,8ハウス内の天体や8ハウス・ルーラーが 1ハウス・ルーラーもしくは月をレシーブしないのであれば,質問者が困難に出 会ったり,苦労をしたり,あるいは,事は成就しないであろう,と言います.

このホラリーのルールは,レセプションの機能をうまく使っています.すなわ ち,8ハウスは,相手のお金という意味の他に,危険とか困難とか,本来的に1 ハウスに対して敵対する意味をもっているため,8ハウス・ルーラーや8ハウス 内の不運な天体と,質問者自身を表す1ハウスルーラーや月がアスペクトをとる ということは,質問者にとって本来的に危険を伴います.その危険を回避する ためには,8ハウス・ルーラーや8ハウス内の天体が,1ハウス・ルーラーや月を レシーブすることで,1ハウス・ルーラーや月を受け入れ,手助けを与えること が必要です.そういったレセプションが成立すれば,8ハウスからの敵意は和ら げられるため,事は成就するというわけです.

このレセプションの機能については, Benjamin Dykesが, Skyscriptのフォーラムにおいて, 十字軍を扱った映画「Kingdom of Heaven」のシーンを使って,分かりやすい比喩を使って説明しています.正確には, Skyscriptのフォーラム を見ていただくこととして,簡単に紹介すると,

十字軍の二人人の王がサラディンに捕らえられ,サラディンのテントに連れ てこられた.サラディンは,二人の王のうち,一人の王に対しては,ゲスト として迎える心づもりで,王に氷水を与えた.ところが,サラディンがゲス トとして扱うつもりでない王もまた氷水を取った.その王は殺された.

サラディンが支配する場所に入った二人の十字軍の王のうち,一人の王はサラ ディン(8ハウスルーラー)にレシーブされているから無事だったけれど,もう 一人は,レシーブされていなかったので,殺された,という比喩です.

以上,レセプションの機能を説明しました.単に,天体Aが,天体Bによって支 配される場所に位置するだけではレセプションとは言わず,アスペクトがある ことによってはじめて,天体Aは天体Bの力の恩恵を受けることになります.

なお,最初に書いたように,レセプションがミューチャルなものであれば,アスペク トがなくても,レセプションと同様の機能をもちます.しかし,ミューチャル なレセプションがどういう意味をもつかをよく考える必要があります.1ハウス・ ルーラーと8ハウス・ルーラーがミューチャルなレセプションをもつことは,必 ずしも良いことではありません.上に書いたように,8ハウス・ルーラーが1ハ ウス・ルーラーをレシーブすることは好ましいですが,逆に,1ハウス・ルーラー が8ハウス・ルーラーをレシーブすることは,怖い人を自分の家に招いているこ となので,必ずしも良いことであるとは言えません.双方向のレセプションの うち,いずれが支配的な影響力を発揮するかは,状況によります.

レセプションはいつ成立するのか

伝統占星術におけるレセプション(reception)という概念について見ていきま す.まず,このエントリでは,レセプションが成立する条件について書きます.

以下のテキストを参考にしています:

伝統占星術といっても,17世紀以前の書き手の誰もが,全く同じことを書き綴っ てきたわけではありません.レセプションに関してもそうで,書き手によって レセプションの定義が異なっている部分もあります.しかし,全く首尾一貫し ていないかと言うと,そうではなく, Deborah Houldingの記事に あるように,,部分的な相違を除いては,レセプションが成立する条件に ついて,ほぼ共通項があります.すなわち,

レセプション(Reception)
天体Aが天体Bによってレシーブされる(recieved),あるいは,天体Bが天 体Aをレシーブする(receive)とは,
天体Aが位置するサインまたは 度数において,天体Bがエセンシャルなディグニティをもち,且つ,天体A と天体Bが合あるいはアスペクトをもつときを言う.

ここで強調しておきたいことは,レセプションが成立するためには,天体Aが 位置する場所(サインまたは度数)において天体Bがディグニティをもつだけ でなく,2つの天体が合あるいはアスペクトをもっていることが条件に含まれ ていることです.ただし,特筆すべき例外があって,それは,いわゆるミュー チャル・レセプション(mutual reception)の場合です.これについては後で触 れます.

レセプションの例を挙げておくと(Bonattiによる例です),月が牡羊3度にあ り,火星(牡羊のサイン・ルーラー)が双子8度にあるとき,月と火星はセクス タイルのアスペクトをもち,月は火星がサイン・ルーラーとなるサインにあり ますから,火星は月をレシーブする,あるいは,月は火星にレシーブされます.

これが,レセプションの成立条件の共通項ですが.書き手によっては,アスペ クトは接近のアスペクトでなければならないという条件をつける場合もありま す.また,天体Aが位置する場所で天体Bがディグニティをもっていると言っ ても,どんなディグニティでもよいわけではなく,サイン・ルーラーかエグザ ルテーションのいずれかのディグニティでないと十分には効果を発揮しないと 考えることが多いです.トリプリシティ,ターム,フェイスといったマイナー なディグニティだけだと,レセプションは成り立つけれども,効果は弱いと考 えるわけです.Bonattiは,サインのルーラーでもエグザルテーションでもなけ れば,トリプリシティ,ターム,フェイスのうち2つのディグニティをもって いないといけないと,細かく条件をつけています.

また,レセプションが機能する条件として,レシーブしている天体Bがデトリ メントやフォールといった力の弱い状態にあってはならないとか,レシーブし ている天体Bが,レシーブされている天体Aがフォールやデトリメントとなる 場所に位置してはならないといったことも言われています.

というように,書き手によって異なる部分や,より厳密な条件はつけられるこ とはありますが,レセプションが成立するためには,天体Bがディグニティを もつ場所に天体Aが位置するというだけではなく,2つの天体が合,あるいは, アスペクトをもっていることが条件に含まれていることは共通しています.

次に,ミューチュアル・レセプションについてです.ミューチャル・レセプショ ンとは,2つの天体が,互いがディグニティをもつ位置にあるときを言います. William LillyがChristian Astrology で与えているレセプションの定義 (Christian Astrology, Vol.I, p.112)は,ミューチュアル・レセプションで, 且つ,2つの天体がアスペクトをもつことは条件に含めていません.Lillyはア スペクトをもたない場合でもレセプションが成立すると書いているわけで,伝 統に照らして,これをレセプションと言ってよいのでしょうか.答えはYES です.

これは,Ibn EzraがGenerosity(Liberality)と呼んでいるもので,2つの天 体が,互いがディグニティをもつ場所にあるときは,2天体が合やアスペクト をもたなくても,レセプションは成立すると書き残しています(The Beginning of Wisdom, Chapter VII, Translated and Annotated by Meira B. Epstein,ARHAT Publications, p.125).

Lillyは,この伝統に沿って,Christian Astrology Vol.Iのミューチャル・レ セプションの定義を与えたのでしょう.あと重要なことは,Lillyは,なにも, レセプションとしてミューチャル・レセプションのみを考慮しているわけでは なくて,通常のレセプションである,片側のレセプション(当然アスペクトあ り)も扱っています.

以上見たように,2つの天体の間にレセプションが成立するためには,一方の 天体が,他方の天体がディグニティをもつ場所に位置することだけではなく, 2天体が合あるいはアスペクトをとっていることが原則です.しかし, 2天体が合あるいはアスペクトをとっていなくとも,レセプションがミューチャ ル(相互的)なものであれば,同様の効果が期待できるというわけです

では,レセプションはホロスコープ解読においてどのように使われてきたので しょうか.それは次のエントリで見ていきます.

レセプションに関わる議論

占星術の技法についての専門的な話題を書きます.

伝統占星術では,レセプション(reception)という概念が重要な役割を果たしま す.Deborah HouldingのSkyscriptに William Lilly のレセプションの用法について分かりやすくまとまった記事が あるので,必読です.

Lilly’s Use of Reception in Horary By Deborah Houlding

これに関連して,William Lilly以前の占星家によるレセプションの捉え方を比較した記事がこちらで読めます.

A brief comparison of the use of reception by historical authors By Deborah Houlding

Deborah HouldingがSkyscriptサイトでレセプションの解説記事を書いたきかっ けは,同じくSkyscript内のフォーラムで,レセプションについてのスレッドに 活発に投稿があり,その中でレセプションについての誤解があるということを, Deborah Houldingを含めて,何人かの人たちが指摘したことがきかっけです. 次のスレッドになります.

Skyscript.co.uk :: View topic - reception and essential dignities

このスレッドで,Deborah Houldingを含めて,何人かの人々が指摘したことと は,John Frawleyがレセプションと呼んで使っ ている技法は,William Lillyのレセプションの技法とも,他の伝統占星術の占 星家が使ってきたレセプションの技法とも異なるものであり,John Frawleyの レセプションをもって伝統占星術のレセプションの技法と言うのはおかしいのではないかとい うことでした.で,上に紹介したDeborah Houldingによるレセプションの解説 記事にいたるわけです.ほら違うでしょと.

Deborah Houldingは,John Frawleyのレセプションの技法が効果がないとは決 して言ってなくて,むしろJohn Frawleyによる別の方法(レセプションではない 方法)としては認めています.彼女はフェアーな態度を心がけているので.

彼女の言いたいことは,伝統的な技法ではないものを,伝統を語る文脈で,さ も伝統的な技法であるかのように提示するのは,誤解を生むということです. それは,John Frawley が現代占星術を批判してきた態度と矛盾しているだろうと. 上のスレッドを読めば,内容は分かります.

私にとって疑問なのは,なぜFrawleyスクールの人々が,これに対して,見える 場所で反論をしないのか,反論ができないのなら,そのことを認めないのか, ということです.私は,まだそれを見たことがありません.知っている人がい たら教えてください.上のスレッドでも,反論を試みた人はいましたが,尻す ぼみでした.もっと議論をたたかわせるべきであろうと思います.自分達の主 唱する核になる技法が批判にさらされているのであれば,それをディフェンス するのは当然です.

私は,John Frawleyという占星家を尊敬していますし,彼がレセプションと呼 ぶところの技法は有用な技法であると考えています.しかし,私も,彼の技法 はレセプションとは呼ぶべきではないと考えます.レセプションではなく,ディ スポジションのFrawley流の独特な使い方と捉えるほうが自然です.また,そう 捉えることで,彼がレセプションと呼ぶ技法を伝統の中に位置づけることは可 能であると見ています.それを具体的な議論として構成すべきは,John Frawley 自身か,その考えを受け継ぐ人たちの役割です.そのためには,異な る意見の持ち主や批判者に相対することが必要です.

鑑定の際における占い方法の指定

西洋占星術には,ホラリー,ネイタル,エレクショナル,マンディーンといっ た幾つかの占い方法があります.

ホラリーは,占者は特定の質問を理解したときの時間と場所でホロスコープを 立て,その質問の答えや,周囲の状況について占います.出生年月日や出生時 間は必要ありません.

ネイタルは,人が生まれた場所と時間でホロスコープをたて,その人の資質や, 人生の推移を占います.出生年月日と出生時間が必要です.

エレクショナルは,ある出来事や行動を行うのに相応しい良い時を選ぶ占術で す.誰にとっても良いという時はないので,出生年月日と出生時間があったほ うが望ましいです.

マンディーンは,個々の人を超えて,組織,地域,国,また,それらを代表す るような人物について占うものです.

これらすべてを使うことができる占星家は,もともと珍しいんですが,これら のうちの幾つかについては使って,占うことができる占星家はいらっしゃいます.

そういう人たちのウェブサイトを見ると,依頼者が占いを申し込むときに,依 頼者に占い方法を指定させることが多いようです.

確かに,個人的なことを占ってほしい人に対して,マンディーンを適用するな んてことはめったにないことでしょう.しかし,ホラリーとネイタルとエレク ショナルのどれを使うことが適切なのか,どう組み合わせて使うとよいのか, 占い依頼者が容易に決めることができないような相談内容も多いように思いま す.

わたしも,無料であるにせよ,占いを受け付けたことはあって,そのときは, 依頼者にホラリーとネイタルを選択してもらっていましたが,ネイタルを希望 されていても,ホラリーの方が相応しいことはあるし,ホラリーを希望されて いても,ネイタルも観たい場合はありました.

本来は,占いの依頼者は,占って欲しい依頼内容を伝えるだけでよくて,どう いう占い方法を使うかは,占い手が決めればいいことのように思います.占い の依頼者に対して,できるだけ具体的に依頼内容を説明してくださいとお願い することはあるにせよ,占いの依頼者は相談内容だけを携えていていればよく, それに応えるために必要なサービスの内容がどんなものかは,占い手の方が提 案することの方が自然です.

有料占いの場合,占い方法によって,かかる労力が異なり,料金も変わる ので,依頼者に占い方法を指定させるのだという理由は,理屈は通っているよう に思えますが,そういった事情も一工夫することで回避できるのではないでしょ うか.

たとえば,個々の占い方法の説明と,それぞれの料金の目安は掲示しておいて, さらに,依頼内容の具体例と,それに応えるために必要な占い方法の組み合わせも 掲示しておきます.依頼者から依頼内容を受け取ったら,その内容に基づいて, 必要な占い方法の組み合わせと料金の見積を示して,依頼者が見積を承諾したら, 実務に入るというやり方も考えられるでしょう.西洋占星術で,そういうやり方で 占いを受け付けている例は,これまで見たことがないです.(実際には, そういう方もいらっしゃるのかもしれませんが,数は少ないでしょう)

占星術の一愛好家である私が心配することではないのですが,気になることで はあります.依頼者側が,買いたいサービスを選択するというのは,もっとも らしく見えますが,必要なサービスの種類が何なのかよく分からないような状 況では,サービス提供者がそれを提案するのは当然のように思えます.

相変らずの緩さ加減 - 「超能力VS超魔術!!」

「超能力VS超魔術!!」というテレビV番組をみましたが,ずるい作りの番組 だなと思いました.

全盲のアメリカの少年が,口から音を発し,その反響音を聞き取ることで自分 と対象物の位置関係を把握する,という話は,興味深かったですし,人間の適 応能力というか,脳の可塑性ってすごいな,と見てました.

釈然としなかったのは,中国人女性による透視能力の実験です.こういうテレ ビ番組は,バラエティだと思って,ヘラヘラ笑いながら見るものかもしれませ んが,以下の番組情報欄にあるように,「実証」なんてことを言っているし, 番組の作り方自体も,超能力を実証しようと試みてますよ,という雰囲気を醸 し出そうとしているところに,後味の悪さを感じました.

さまざまな能力を持った超能力者がいるという中国からは、Mrマリックがか つて北京で出会ったという女性が登場する。彼女はスタジオで透視、テレパ シーなどの超能力を実証する。

上の番組情報欄では「実証する」と書いてありますが,番組内では,実証を試 みてるよという雰囲気を醸し出しているだけあって,大上段に振りかぶって, 実証するぞとは言い切っているような作りではなかったと思います.

それはそうで,論理的な思考ができる人が見れば,あれでは実証したことには ならないなと分かるようなことしか示していなかったので,あれで実証できま したとは誰も結論付けないでしょう.

しかし,実証しようという見せ掛けで番組を作るのは,姑息で,ずるい作り方 です.

透視実験は,透視能力をもつとされる中国人女性には見えないように,番組出 演者に紙に漢字を書いてもらって,紙を封印し,中国人女性がその漢字を透視 するというものでした.

こういう実験で超能力を実証したいのであれば,番組出演者が書いた漢字が中 国人女性には直接的,間接的に漏れないことを保証できるように,実験を計画 しなければなりません.ところが,非常に不思議なことに,実験が終了したと いう設定のカットでは,番組出演者の一人にインタビューして,「あなたは中 国人女性とは話していませんね」,「休憩時間にも,中国人女性に限らず,他 の誰にも自分の書いた漢字について話していませんね」といったことを尋ねて いました.

これをまともな実証実験であると考えるなら,そんなことを後からインタビュー しても,実験の有効性には何ら貢献しませんし,そもそも休憩時間には,漢字 を書いた出演者は他の誰とも話すことができないように,実験を計画すべきで しょう.

テレビ番組なのだから,そんなに厳密なことを言わなくてもいいんじゃないか という考え方もあると思いますが,それならば,実証するという雰囲気を醸し 出すような姑息な番組作りをしてはいけない.不思議なこともあるもんだとい うことに留めた番組作りはできるはず.

私は,透視能力なるものは決して存在しないと言いたいのではなく,実証する というなら,きちんと実証するように実験計画を組んでやってよ,ということ です.「発掘!あるある大事典」の捏造事件があったのに,ゆるさ加減は変わっ ていないように見えます.この程度までなら大丈夫だろうという気分があるの なら,甘いと言わざるを得ません.

実証とか検証といったことを決して言わないのであれば,ある程度楽しんで見 ることもできたのに,残念でした.

二種類の判断

ポール・グレアム(Paul Graham) はLispプログラマーとして有名な人ですが,最近はエッセイも書いていて, ときどき読ませてもらっています.

ポール・グレアムの最近のエッセイ 「2種類の判断(Two Kinds of Judgement)」 で,世の中には次の2種類の判断があるということが書かれていました.

  1. あなたについて判断すること自体が最終目的であるような判断.たとえば, 試験の成績をつけること,裁判で判決をくだすこと,競技会で勝ち負けを決め ることは,このタイプの判断です.

  2. あなたについて判断することが他の何かの手段であるような判断.たとえ ば,雇用や投資に関する判断,デートにおける判断などは,このタイプの判断 です.

1番目の種類の判断は,あなたを正しく判断することが目的なので,判断が間違っ ているときには,それをアピールするための手順が用意されていることもしば しばです.判断が誤っていると思ったら,自分が不当に扱われたということを アピールすることができるわけです.

一方,2番目の種類の判断は,もともと,あなたについて正しく判断することが 最終目的ではなく,実際には,あなた自身について判断しているのではなく, 他の目的(誰を雇うか,何に投資するか)を達成するために,判断には多少の 誤りがあることを前提に,最適な選択をしようとしているわけなので,あなた について正確な判断ができなくても,本来の目的が達成できればそれでいいの です.

たとえば,あるスポーツのチームを作るために,選手を20人選ぼうとするときに, 20番目に良い選手を選考から落として,21番目に良い選手をチー ムに入れるという選択をしてしまっても,良いチームを作るという目的は達成 されます.20 番目に良い選手と21番目に良い選手の差は,判断の誤りの幅と比 べて,そんなに大きいわけではないからです.

私たちが,子供の頃に受ける判断は,1番目の種類の判断であることが多いので, 大人になってからも,自分について成される判断が,1番目の種類の判断であると 誤解しがちです.

ところが,世の中で私たちについて成される判断の多くは,2番目の種類の判断 です.2番目の判断であるにもかかわらず,1番目の判断であるかのように誤解 すると,自分のことを正確に判断していないとか,不当な判断を受けたといっ た個人的な反応を返しがちです.そもそも,2番目の判断は,あなた自身につい て正確に判断することが目的ではないので,判断の結果に対して個人的な反応 を返す必要はないのです.

1番目の判断だと思ってしまう,あるいは,そう思いたがることの裏側には,相 手は自分のことを正確に判断するために,ありとあらゆる努力をしてくれるは ずだといった甘い期待があったり,相手はすべてをお見通しだといった劣等感 があったりします.

2番目の判断を受けている場合には,そういった甘えや劣等感を乗り越えて,自 分をいかに売るか,アピールするかということに注力し,結果を個人的なもの として受け取らないというやり方が,成功する確率をあげます.

以上が,ポール・グレアムのエッセイの内容です.

そんなことは分かっているよ,と言うかもしれませんが,2番目の判断を受けて いるにもかかわらず,知らず知らずのうちに,1番目の判断であると誤解して, 最適な行動をとれなかったり,必要以上の落ち込み方をする場合は,よくある のではないでしょうか.

仕事やビジネスに関わる判断は,たいていの場合,2番目の判断です.仕事に限 らず,実生活における判断も,たいてい2番目の判断ではないのかな.

自分がいいものを生産すれば,売れるはずだとか,正確な情報を話しているの だから,伝わるはずとか,正しいことをしているのだから,受け入れられるは ずとか,相手の目的を理解しないままに,見当違いの思い込みで行動してしま い,結果としてうまくいかないということは,よくあることです.

さらには,うまくいかなかった結果を個人的に受け取って,不平を言うだけで, 何が間違っていたのかをよく理解しないまま,失敗を繰り返すなんてことも, よくあることです.最悪なのは,結果を個人的に受け取ることで,次のトライ を諦めてしまったり,自分で自分を否定したりすることです.

こういうことを理解しているのとそうでないのとでは,長い時間の中で,大き な違いをもたらします.若い人たちには,こういうことを分かった上で, 強く生きていってもらいたいものです.

7人のRaphael

占星術に関心のある方は,19世紀に活躍した Raphael という占星家の名前をご 存知の方も多いと思います.

19世紀に書かれた文献として,Raphaelが書いた文献が参照されることも多いで す.ところが,このRapahelという名前をもつ占星家は,実は複数人いて, Raphaelと言っただけでは,どの Raphael か特定したことにはなりません.

Kim Farnell によれば,19世紀に Raphael という名前の占星家は7人いたのだ そうです.私も,Raphael は複数人いたということは聞いたことがあったので すが,7人もいたとは,勉強不足で知りませんでした.

Skyscript: Seven Faces of Raphael - by Kim Farnell

The first Raphael と呼ばれる Robert Cross Smith (1795-1832)と Robert Thomas Cross (Frederick Robert TuckCross)(1850-1923)が有名でしょう か.この二人は,本名までもが似ているので,同一人物として間違えられるこ とが多いようです.

なぜ占星家たちはRaphaelという名前を名乗りたがったのかということも,Kim Farnell は次のように説明しています.

  1. 7大天使の中で,Raphaelは水星と関連づけられることが多く,且つ,水星 は伝統的に占星術の支配星であるので,”Raphael”は占星家の仮名として魅力的 であったのだろうこと.

  2. 19世紀の多くの占星家は,別に本職をもっていたので,個人情報を隠すため に,占星家としての活動では天使に由来する名前を使うことがあったこと.

  3. 当時のイングランドにおける主導的な占星家の中には,オカルト結社のメン バーであったものも多く,そのの活動は秘密にしておく必要があったこと.

また,Raphaelという名前は,ある種のブランドであり,Raphaelという名の下 に編集されたProphetic Messengerという雑誌や,Raphael’s Ephemerisという 占星暦を引き継いでいくという理由もあって,7名もの人がRapahelという仮名 で活動したのでしょう.

現代に当てはまるところも多いです.1に関して言えば,現代においても,占星 術や占いの伝統と親和性のあるような仮名を好んで使う方はいらっしゃいます. 2に関しても,ネット上の活動において,ジャンルを問わず,理由は色々あ ると思いますが,仮名を使う方は多いです.3に関してはよく分かりません.ち なみに,私は,いかなる結社にも所属しておりません(^^.

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