占星術は科学ではないということを考察する際には,フランスの心理学者 ミシェル・ゴー クラン(Michel Gauquelin) が中心になって行った占星術に関する統計的 調査について検討することを避けて通ることはできません.
そこで,伊勢田哲治氏の「疑似科学と科学の哲学」(pp.223-225)の記述を参 考に,ゴークランの統計的調査についてまとめておきます.
ゴークランは,著名人の出生地,出生時刻についてのデータを収集し(最終的 には10万件を超えるデータと集めたと言われます),そのデータを元に出生時 の天体の配置と職業の間に,効果としては小さいが,統計的に有意な相関が見 られることを示しました.特に,火星と職業との相関が目立ったので,火星効 果(Mars Effect)と呼ばれます.
ゴークランは,集めた出生データの各々について,各惑星の軌道を東の地平線 を基点に時計回りに12分割し(地平線の上を6等分,地平線の下を6等分)しま した.12分割された一つ一つをセクターと呼びます.各惑星がどのセクターに 入っているかを調べ,惑星のセクター位置と各人の職業との統計的な相関を分 析しました,結果は,第1セクターと第4セクターに入っていた惑星と,職業と の間に,わずかながらも,統計的に有意な相関が見出されたわけです.
科学者や医者の出生データでは,土星が第1,第4セクターに,軍人では,木星 が第1,第4セクターに,さらに,科学者,医者,軍人,スポーツ選手すべての カテゴリーに関しては,火星が第1,第4セクターにある比率が高かったという 結果でした.
ゴークランが使ったデータや分析手法に問題がなかったかどうかついては,こ れまで検討がなされてきました.その結果,ゴークランの仮説を明確に否定す るような材料は発見されていません.しかし,ゴークラン自身が関わっていな い追試では,火星効果には否定的な結果が出ています(伊勢田哲治,「疑似科 学と科学の哲学」,p.225).
ゴークランの統計的調査は,出生時の天体の配置と職業の関係をできるだけ実 証的に検証しようという試みであり,価値あるものだと考えます.しかし,大 規模なデータを使った統計的な検定では,データにバイアスが少しでも入ると, 比較的簡単に有意な結果が出てしまうことは,統計的な検定に関わった方なら ば分かることです.ゴークランの火星効果にしても,否定的な追試結果もあり, 最終的な結論の出ているものではありません.
伊勢田氏が言うように,ゴークランの統計的調査は,科学と疑似科学の間の灰 色な領域をかなり科学よりにやっていると言うこともできるでしょう(伊勢田 哲治,「疑似科学と科学の哲学」,p.228).しかし,ゴークランの統計的調査 があるからといって,占星術が科学であるとはとても言えません.なぜなら, 占星術では様々な技法や,占うためのルール使われますが,それらに対してゴー クランの統計的調査が統計的な裏づけを与えてくれているわけではないからで す.
これに対する占星術側からの反論としては,ゴークランの統計的調査の結果は, 占星術で使われている占い技法そのものに対する統計的裏づけとはならないと しても,出生時の惑星の位置と職業との間に相関があったということは,間接 的に占星術をサポートする証拠となるのではないかという反論もありえるでしょ う.
この反論への答えとしては,まず,先に書いたように,ゴークランの示した相 関は,万人が納得できるような明快なものではなく,否定的な追試結果もあり, いまだ論争の的になっているものであることを重ねて指摘しておきます.
次に,ゴークランの結果は占星術の予測とは必ずしも合致しないということも 指摘しておきたいと思います.水星や金星に関しては,火星効果と同等の効果 を見出すことはできませんでした.
また,火星効果が見出された第1セクター,第4セクターは,占星術で言うとこ ろの第12ハウス,第9ハウスに重なるところが大きいのですが,占星術において は第12ハウスや第9ハウスはケーデントハウス(第3, 6, 9, 12 ハウス)であり, 天体の力が弱まる場所です.皮肉にも,占星術において天体の力が強まるアン ギュラーハウス(第1, 4, 7, 10ハウス)とは異なる位置で火星効果は見出され ているのです.
これに対しては,さらに次のような反論が可能でしょう.
占星術においては,惑星の強さを決める際には,マイナス5度ルールと言うも のが用いられる.これは,ハウスの入り口の手前5度の範囲にある惑星は,その ハウスにあるとみなすというルールである.このルールを用いると,惑星がゴー クランの第1セクター(第12ハウス)にあっても,占星術的には第1ハウス(ア ンギュラー)にあるとみなすことができ,火星効果は占星術の理論と矛盾する とは言えない.
占星術で用いられるハウス方式には,ホールサインハウス(Whole Sign House)と呼ばれる方式が存在する.これは東の地平線(アセンダント)が入っ たサイン30度全体をまるまま第1ハウスとみる方法である.たとえば,アセンダ ントが双子29度の場合,双子1度から29.99度までが第1ハウスとなる.このハウ ス方式にしたがえば,ゴークランの第1セクターであっても,占星術的には第 12ハウスではなく,第1ハウスとなる場合が,より自然に起きる.したがって, 火星効果は占星術の理論と矛盾するとは言えない.
確かに,マイナス5度ルールやホールサインハウスを考慮した上でゴークランの データを再吟味することは有意義な仕事であろうと思います.しかし,私が知 る限り,そういった統計的分析はこれまで示されてきてはいません.仮説を並 べるだけでなく,実際的にそれ成り立つかどうかを厳密な実験計画と統計処理 によって検証する具体的な試みなしには,科学の営みとは言えません.
このように,ゴークランの仕事は,科学と擬似科学の間の灰色な領域を科学よ りのやろうとした仕事であるといえるものの,ゴークランの仕事が,占星術で 用いられる占い技法に対して,統計的な根拠が与えるものではないということ が分かります.
疑似科学と科学の哲学
伊勢田 哲治
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