- 2007-05-11 (Fri) 0:10
- 占星術
これまでの幾つかのエントリで,占星術は科学とは言えないといことを長々と 書いてきました.このブログで占星術愛好家として占星術について語っていく ためには,まず最初に言っておかなければならないことと考えたからです.
占星術は科学ではなく,霊性や魂の領域に属するものであり,科学的根拠や統 計的な裏づけをもたない一つの信念体系です.それが分かった上で,占星術や 霊性のあるがままに,その世界を楽しんでいます.
このブログにおいても占星術という信念体系について書いたり,占星術のホロ スコープを読むことがあると思いますが,それは科学的根拠や統計的な裏づけ に基づく行いではなく,占星術の伝統を通して占星家たちが主観的経験の範囲 内で有効と考えてきた信念体系の下での行いです.
占星術のホロスコープ解読は客観的に検証できる対象ではなく,再現性のない 営みです.それは,占い手と占われる側が向き合う場の中で立ち現れる主観的 な過程であり,科学や統計的検証の俎上にのぼる対象とはなることは難しいも のです.科学の対象とはなることは難しいから高尚なのであるなどと言ってい るわけではありません.ただ,そういうものであるということです.
そういった占星術や霊性に対して,なぜ私は関心を持ち続けるのか.現代科学 に飽き足らないからなんていう理由ではありませんし,科学には解明できない ことがあるからなどというナイーブな理由でもありません.科学は,分からな いものは分からないと言い,観測事実と実証的な道具を使って知識を拡げてい こうとする過程そのものであり,科学はすべてを解明できるかという問いは意 味をなしません.
私が占星術や霊性に対して関心を持ち続ける理由は,単純には,伝統占星術と, その周辺の科学史・思想史に関心を拡げながら,占星術の世界をあるがままに 楽しみたいからです.
占星術に科学的根拠や統計的裏づけはないということは承知の上で,占いとい う行いに携わるときには,占星術という信念体系の下に真剣に占います.占う という行いは再現性のない営みであり,占いが当たる/当たらないという体験 は,占い手と占われる側の間に,その場限りに立ち上がる主観的な体験である ということを分かった上で,占いが当たるとか,占いが何らかの示唆を与える といった体験がどこから来るのだろうということも,尽きない興味の源泉であ り,それも占星術に関心を持ち続ける理由です.当たって,どうだすごいだろ うという感覚を味わいたいのではなく,その不思議さに対して興味が尽きませ ん.
また,占いというものを突き詰めていくと,神意(Divine Providence)という ことに突き当たります.それは,私にはまだよく分からないことですし,私に 認知できることでも,断定できることでもありません.こういったことは,よ く分かっていないで,簡単に語ってよいことではないので,これ以上何も言え ることではないわけですが,神意とはいったいどういうことなんだろうという ことも,占星術に関わっていく上で私にとっては一つテーマであり,占星術に 関心を引かれ続ける源泉の一つです.
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