John Frawleyが言うところのレセプション

これまでのエントリで伝統占星術におけるレセプションについて書いてきました。

John Frawleyは、現代における伝統占星術の主唱者の一人であり、彼の書いたReal Astrology, Real Astrology Appliedは、伝統占星術の真髄を伝えることに成功している本であると思います。

しかし、レセプションに関わる議論で触れたように、John Frawleyが言うところのレセプションは、William Lillyが用いたレセプションとも、伝統占星術の他の占星家が用いてきたレセプションとも異なるものであり、Frawleyのレセプションの技法は、伝統占星術におけるレセプションの技 法とは言えないということが、Deborah Houldingなどによって、Skyscriptのフォーラムの上で議論されています。

John Frawleyは、レセプションの成立条件を「天体Bがエセンシャルなディグニティをもつ場所に天体Aが位置するとき、天体Aは天体Bにレシーブされる、あるいは、天体Bは天体Aをレシーブする」と定義しています。強調すべきは、Frawleyのレセプションでは、天体Aと天体Bの間にアスペクトがあることは要請されないということです。

さらに、Frawleyは、レセプションの機能に関して、天体Aが天体Bにレシーブされるとき、「天体Aは天体Bを好む/愛する」、「天体Aは天体Bのコントロール下にある」といった意味づけをもたらすものとして捉えています。この意味づけは、天体Aが位置する場所において天体Bがもつディグニティの種類によって異なります。サイン・ルーラーの場合は「AはBを愛する」、エグザルテーションの場合は、「AはBに夢中になっている」といった具合です[John Frawley, The Horary Textbook, pp.71-75]。

Frawleyのレセプションの説明は確かに分かりやすいのですが、伝統占星術におけるレセプションの考え方とは異なるものです。これまでのエントリで説明してきた通り、レセプションが成立するためには、アスペクトが必要であり、アスペクトがあるからこそ、レセプションに固有の機能が効いてくるわけですが、Frawleyのレセプションではアスペクトを要求していません。Frawleyが言うところのレセプションは、伝統占星術におけるレセプションではなく、むしろディスポーズ(dispose)、ディスポジター(dispositor)という概念として捉えるのが自然です。

天体Aが天体Bによってディスポーズされるとは、天体Bがエセンシャルなディグニティをもつ場所に天体Aが位置することを言います。このとき、天体Bは天体Aのディスポジターと呼ばれます。エセンシャルなディグニティはどんなものでも構いません。サイン・ルーラー(エグザルテーション・ルーラー、トリプリシティ・ルーラー、…)によってディスポーズされるなどと言います。また、アスペクトは必要としません。このように、ディポーズという概念は、Frawleyのレシーブと同じものであることが分かります。

天体Aが天体Bにディスポーズされるとき、すなわち、天体Aが、天体Bが何らかのエセンシャル・ディグニティによって支配する場所に位置するということは、天体Aが何らかの関心を天体Bに対して向けているということは言えるかもしれません。ただし、Frawleyの言うように、エセンシャル・ディグニティの種類に応じて、愛する、夢中になるといった意味が導かれるかどうかは、議論の余地があるでしょうが。

いずれにせよ、天体Aが天体Bに対して何らかの関心を向けているといった意味が導かれるにしても、そのことは、単に、天体Aが天体Bにディスポーズされているということに由来するものです。レセプションが成立するためには、加えて、天体Aと天体Bがアスペクトすることが必要であり、アスペクトが成立してはじめて、天体Bが、天体Aの関心を受け入れ、天体Aに力を与えるという、レセプション固有の意味が導かれます。また、天体Aと天体Bが互いに敵意をもつような関係であっても、レセプションによってその敵意が和らげられるという、レセプションの重要な機能が効力を発揮することになります。

伝統占星術において、これをなぜレセプションと名づけたかということは、「レシーブ(recieve)」に「お客を迎える、歓迎する」という意味があることを考えれば、ごく自然に納得できることです。天体Bが天体Aをレシーブするとは、天体Bが、自分の家に来た天体Aを自分の客として迎えるということなのです。それには、天体Aが天体Bの家に入ることだけではなく、天体Aと天体Bの間にアスペクトが成立することで、天体Bが天体Aの存在を認め、受け入れることが必要になるというわけです。

このように、Frawleyの言うところのレセプションは、伝統占星術におけるレセプションとは異なるものです。Frawleyのレセプションの技法は、ディスポーズという概念を使った技法と捉えれば、伝統占星術の枠組みの中で位置づけることは可能であると見ていますが、それは私の仕事ではないので、深入りしません。

Frawleyは、レシーブという言葉を緩く定義して、ディスポーズと同じ意味で使っているだけで、それは用語選びの問題に過ぎないと反論する人がいるかもしれませんが、それは的を射た反論とはなりません。これは単なる用語選びの問題ではないのです。なぜなら、本来のレセプションとは異なるものをレセプションと言うことで、本来の意味でのレセプションがホロスコープ解読において果たす重要な役割が見過ごされ、レセプションの機能を正しく理解することを妨げられる可能性があるからです。

私は、John Frawleyという占星家を尊敬していますが、彼の現時点におけるレセプションの捉え方は、伝統占星術におけるレセプションとは異なるものであると考えます。彼の言うところのレシーブをディスポーズと読み替えるならば、Frawley独自の方法として、適用場面によっては、非常に役立つテクニックであると認識しています。

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