先のエントリ「ニコラ・サルコジの出生図」 で、フランスのサルコジ大統領の出生図について書きました。
出生データは、Astrothemeによるものでした。
ニコラス・サルコジ:1955年1月28日 22:00 CET -1:00, Paris (48N52m 002E20)
しかし、この出生時間がどれほど正確なものかは分かりませんし、アセンダン トの度数も乙女の最後の方ということで、出生時間を確かめたくなります。
実際に起きた出来事と、出生図から導き出せることの間の対応をみることによ り、出生時間を調整することは、レクティフィケーションと呼ばれます。出生 時間を厳密に導き出すことは非常に難しい作業ですが、少なくとも、アセンダ ントを乙女と考えても大きな矛盾が生じないことを確かめることは、出生図の 解読のためには必要な作業です。
出生時間のレクティファイというと、実際に起きた出来事の時期と、ディレク ションや回帰図などの予測技法により出生図から導き出せる時期を照合すると いう作業が思い浮かびますが、出来事の時期について考えるより前に、もっと ざっくりとチャートから導き出せることをみることも大切です。いきなり細か い仕事に入るのではなく、大なたをふるってできることから取りかかるという ことです。
大げさなことではなく、その人のパーソナリティーや生き方、家族の状況など を、時期的なこととは独立に、ホロスコープと照らし合わせるのです。
たとえば、 Wikipedia によると、 サルコジのモットーは、「もっと働き、もっと稼ごう」だそうです。地のサイ ンは、経済や具体的なもので安心感をえたり、自分の保全を図る傾向がありま すから、このモットーは、アセンダントが乙女という地のサインということと 矛盾はしないように思えます。
また、彼の兄弟は、兄ギヨームが繊維会社の社長で、フランス経団連 (MEDEF) の副会長を務めた人物であり、弟フランソワは、小児科医を経て生物学者となっ た人物です。兄弟を表す3ハウスルーラーは火星であり、7ハウス牡羊にあって、 状態が良く、強いですから、兄弟が社会的に活躍していることと矛盾しません。
こんな感じで、大雑把にホロスコープを眺めた後、時期的な考察に入ります。 時期的な考察は、太陽回帰図、プライマリ・ディレクション、セカンダリ・プ ログレス、トランシットなどを総合的にみていくわけですが、ここでは、アン グルに対するプライマリ・ディレクションに注目します。アングルに対するプ ライマリ・ディレクションは、出生時間の変化に敏感です。
実際の作業は、丸一日かかったりするのですが、出生時間が21:49のとき、次の ディレクションがありました。キーはNaibodです。ちなみに、出生時間21:49だ と、ASCは乙女24度07分、MCは双子22度35分となります。
| 日付 | プライマリ・ディレクション |
|---|---|
| 1976年11月5日 | 火星 -> DSC |
| 1977年8月12日 | 月 -> DSC |
| 1988月9月29日 | 木星 -> MC |
| 1988年12月15日 | 土星 -> IC |
| 1993年6月1日 | 水星 -> DSC |
Wikipedia(日本語版、英語版)を参照しながら、対応する出来事について検討します。
1976年は火星がDSCにディレクションします。1976年は、サルコジが、パリ大学 在学中に、ジャック・シラクの結成した保守政党・共和国連合(RPR)へ入党し た年です。火星は、出生図の7ハウスにあって、彼の政治行動におけるパートナー シップと関係が深い天体です。また、火星は、11ハウスのルーラー月と合です が、11ハウスは、王(この場合はシラク)のサポーターや、政治的な理想など を表します。このように、この出来事は、火星のDSCへのディレクションと対応 すると考えることができます。また、1976年には、水星の太陽へのディレクショ ンも起きていて、公的な活動に彼自身が関わっていくことを示しています。
1977年は月がDSCにディレクションします。 1977年は、パリ西郊の高級住宅地オー=ド=セーヌ県ヌイイ=シュル=セーヌ の市議会議員に最下位で当選しています。月は、大衆からの注目や、人気を表 しますから、この出来事は、月のDSCへのディレクションと対応すると考えて よいでしょう。
1988年は木星がMCにディレクションします。 1988年は、サルコジが国民議会(下院)議員に初当選した年です。木星のMCへ のディレクションは、一般に、名誉を与えます。また、木星は、出生図で11ハ ウスに影響を与えており、11ハウスは議会を表しますから、この出来事は、木 星がMCにディレクションしたことに一致します。
1988年の終わりに土星がICにディレクションしています。これは、はっきりと は対応する出来事が分かりませんが、ICへのディレクションですから、家に関 わるようなことなのかなと思います。当時、サルコジは最初の妻マリーさんと 婚姻関係にありましたが、前妻セシリアさんとの関係が始まり、、双方ともに 配偶者がある中、セシリアが夫のもとを去ったのが1988年です。サルコジにとっ ては良いことだったのかもしれませんが、1988 年は家庭の中に問題(土星)を かかえていた時期であったと言えます。
1993年は、水星がDSCにディレクションします。 1993年は、サルコジは、バラデュール内閣の予算相として初入閣した年で、こ の年、ヌイイ市内で発生した幼稚園立てこもり事件で、サルコジは市長として 犯人と直接交渉に臨み、人質の解放に貢献したことで、全国的に有名となって います。
水星も、DSCも、サルコジが行った対外的な交渉という役割に一致します。この 出生時間だと、水星は、アセンダント乙女と、MC双子のルーラーですから、対 外的な交渉ごとで、サルコジ自身の人気が高まったということも理解できます。
あと、上の表には書きませんですたが、2004年1月10日に、月のトラインの位置 がMCにディレクションします。2004 年は、サルコジが、財務大臣となった年で、 この年の11月29日には、国民運動連合の党首選挙において、85%の得票率で党首 に選出されています。
月は、11ハウスのルーラーです。10ハウスは、彼が仕える国家を示し、11ハウ スは、10ハウスから数えて2番目のハウスなので、国家の財政を示すと考えると、 この年、彼が財務大臣に就任していることと関係しているようにも思えてきま (この対応付けには無理があるかもしれません)。また、月は、人気を表し、 それが彼の立場を表すMCに関わっていますから、85 %の得票率で党首に選出さ れていることと一致します。
月のトラインの位置がMCにディレクションするのは2004年1月であり、党首に選 出されるのは、2004年11月終わりですから、出生時間を正確に求めることを意 図するなら、さらに細かく検討を重ねる必要があります。他のディレクション についても同様です。
ここでは、出生時間を正確に求めることが目的ではなく、アセンダントが乙女 と考えても大きな矛盾が生じないことを確かめることができればよいので、こ のあたりで満足することにします。
以上のように、正確な出生時間の同定には至らないまでも、アセンダント乙女 と考えても、矛盾はないということは言えそうです。
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