- 2009-02-22 (Sun) 2:40
- 時事
仕事没入の日々が続いていて、仕事以外に時間がとりづらいですが、久しぶりにブログを巡回していたら、村上春樹氏のエルサレム賞授賞式講演全文を見つけて、読みました。
新聞の報道などで、村上春樹氏が、
「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」
というスピーチをしたということだけは知っていて、こんな暗喩は誰も思いつかない、すごいなあという程度の感想しかもっていなかったですが、村上春樹氏は、この言葉の後に、
「そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。」
と言っているのですね。卵が正しくなくても、卵の側に立つというところが、とても大切なのだと思います。卵の方が正しいということに固執する一部メディアや政治家とは全く異なる思想です。
「卵」と「壁」の暗喩を聞いたとき、「卵」は戦争で被害を受ける人々であり、「壁」とは戦争のことなのだろうという理解しかもたなかったですが、村上春樹氏は、確かにそれは一つの意味だが、それだけではなく、「壁」が意味するものは、我々が直面する「システム」であると言っています。
この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。
しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。
村上氏は「システム」という言葉で何を表しているのでしょう。本当のところは分からないけれど、我々が作り出した制度とか、社会の仕組みとか、あるいは、もっと技術的なもの、たとえば、インターネットとか、われわれと取り囲む情報環境といったものも含まれるのかもしれません。我々が自分たちを守るために作り出してきたものが、自己増殖を始め、我々を殺し、他者を殺させ始めると。
私たちが直面するシステムには色々なものがありますが、最も手ごわいシステムの一つは、自分はこういう人間であるとか、彼/彼女はこういう人間なのだと、自分や他者を規定してきた言葉や物語なのではないか、と思います。それは、エゴということなんだけれども、そのエゴが個人を超えた形をもつとき、国家や人種間の偏見、それらを支える教育や制度、といったものになるのではないでしょうか。
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- 卵とシステム-村上春樹氏エルサレム賞授賞式講演- from Festina lente
- trackback from 身近な一歩が社会を変える♪ 09-10-15 (Thu) 0:54
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村上春樹の「卵と壁」スピーチについて思うこと…
(一応前回の続きです。) 今年2月に、村上春樹がイスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞し、授賞式で「卵と壁」のスピーチをしたことは、記憶に新しい。 当時はイスラエルによるガザ侵攻の直後で、「授賞式に行くべきではない」とか、いろいろ言われていたらしいですね。(こちらのブログに詳しい。)
あのスピーチ、わりと絶賛モードだったように思うけど、私は例によって、村上春樹には特に感心はないのであった。 「卵と壁」のスピーチも、「やっぱりここは感動すべきとこなんだろうか」と…



