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日常 Archive

オンとオフの切り替え

3分で人を見抜くで、 佐原光氏へのインタビューが掲載されているんですが、そのインタビューのなかで、 佐原氏がプライベートでホッケーをしているということに絡めて、オンとオフの切り替えについて答えていらっしゃるところがあって、 そういう考え方があるのかと感銘を受けたので、書いておきたいと思います。

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キレない自分

斎藤茂太氏の「人間関係で「キレる!」と思ったら読む本」 を読んでいる。

人によるのだろうが、日々生活していると、キレてしまいそうになることはある。人はなぜキレてしまいそうになるか。あるいは、実際にキレてしまうのか。この問いに対して、斉藤氏は、「キレる」ことが自分を救う手段になっているからだろうと言う。確かに、キレることは、無理や我慢を重ねて心身が病気になってしまうことから、自分を救おうとしているという側面はあるだろう。

しかし、それでほんとうに自分を救えるのかというと、そうではなくて、キレることによって状況をさらに悪化させ、自分を窮地に追いやってしまうことも多々ある。少し長い目で見ればわかることだが、キレ得ということはない。我々の社会は、ここぞというところでキレる人に対して信頼を置かないようにできている。キレても問題は解決しないのである。

この本は、キレないで問題を解決するためのコツが紹介されていて、身につまされならがも、楽しく読むことができる。この本を読みながらキレたとしたら、かなりの重症と言えるだろう。

そのうちのコツの一つ。気にしないという決め事をつくることで、感情をコントロールする。たとえば、朝出かける前には夫婦げんかをしないように決めておくというのは、実践している人も多いのではないだろうか。あるいは、会社のある人物に何を言われても気にしないように決めておくとか。苦手な相手だからといって挨拶もしないのはいけないが、不愉快なことを言われても受け流すように決めておく。前もって決め事をつくっておくということがポイントである。苦手な相手とは、挨拶、連絡といった基本ルールはきっちりと守ることで、ていねいに付き合うことが大切であるというのも、斉藤氏のアドバイスの一つである。

もう一つ、腑に落ちたアドバイスは、悩みごとには締め切りをつくっておく。締め切りが過ぎたら、悩むことはおしまいにする。そう、同じことをグルグル考え続けたあげく、結局何も解決せず、それがさらに悩みを深めて、また悩み始める、なんていうことはばかげたことだ。

思考は自分の道具として使うものであって、それに振り回される必要はなく、感情は湧き上がるままに流せばよいのです。

人間関係で「キレる!」と思ったら読む本
斎藤 茂太
4860811399

晴れた日はいいもんだ

一仕事終えて、何をするでもなく、外を歩いた。夕暮れの日常の風景。よく晴れている。何も考えず、ただ佇み、自由だなとつぶやいてみる。人は本来自由なのだ。縛られていると感じるのは思い込みに過ぎない。

晴れた日はいいもんだ。ふとそう思った。この自然な気持ちのまま、なにゆきにまかせてみよう。

あるメーリングリストの議論のルール

英語圏の占星術や関連分野のメーリングリストに幾つか参加しています. 参加といっても,ROM状態で,教えてもらうばかりですが.

最近も,面白そうなメーリングリストを一つ見つけたので,参加しました. 参加が承認された後,そのメーリングリストに記事を投稿するときのポリ シーが送られてきました.ポリシーは,幾つかのルールから成っていまし た.その一番最初のルールが印象に残ったので,概略を紹介します.

特定の分野において自らが最高であるかのような言い方をしてはならない.
あなたの考えやテクニックを欠点のない完璧なものと見做すことは避けなさい.
議論を行うときは,あなたの考えはあなたの考えに過ぎず,誤っている可能性があるという立場で,議論を進めなさい.
そうすれば,個人的な敵意を生まないだろうし,議論が極端な方向に進むこともないだろう.
もちろん,健全なディベートを行うことや,論理に支えられた主張を恐れず行うことは奨励したい.しかし,他者に対する敬意を忘れず,礼儀を保ちなさい.

このメーリングリストでも,こういうルールが明示的に示されているとい うことは,それを守らずに紛糾することがあったからでしょうね. 専門的な関心をもった人々が集まる場所でのやり取りは,論理性に加えて, 自分自身を等身大でとらえる冷静さ,他者に対する敬意や礼儀がないと, たちまち混乱を生むということでしょう.

Windows Vistaでの占星術ソフトウェア

自宅PCをWindows Vista にしました.

プリインストールされていたOSはVista Home Premiumでしたが,暗号化機能をもっていないので,Vista Ultimateにアップグレードしました.メモリは2GB積んでいます.

個人用のPCでVistaがプリインストールされているモデルは,メモリが1GBのものが多いですが, Vista以外に,セキュリティソフトや各種アプリケーションを走らせることを考えると,メモリは2GB搭載することを薦めます.

占星術ソフトウェアは以下のものが動きました.

  • Solar Fire 4
  • Placidus NK 4.1
  • Stargazer 93
  • AstroDatabank 3.0

Solar Fire 4 は,Vistaではフォントがうまくインストールできないという問題があるので, Vista Compatibility Chartにあるように, インストールCDに入っている(Disk3という名前のフォルダに入っているはずです) Etastro.ttf , etsans.fon , etastrob.ttf というフォントを手動でインストールします. Solar Fire 4 と ACS PC Atlasのパッチも忘れずに当てます.

Vista Ultimateは,多言語インターフェイス用言語パックが使えるので,英語パックの下でSolar Fire 5が使えるようになるかと期待していたのですが,無理でした.日本語Vistaでも,日本語XPと同様に,Solar Fire 5は占星術シンボルのフォントがうまく表示されません.

Stargazerは最新版をもっていないので,確認していないですが,Vistaでも問題なく動作するとのことです(参考).

AstroDatabankは,Vistaでは問題が発生するようですが(参考), 単にデータを検索する程度なら動作しているように見えます.

とりあえず,私にとって最低限必要な占星術ソフトウェアは動作することは確認できました.

あと,エディタはMeadow,ブラウザはFirefox,Sleipnir,メーラーはThunderbirdを使っていますが, 問題なく動いているようです.

二種類の判断

ポール・グレアム(Paul Graham) はLispプログラマーとして有名な人ですが,最近はエッセイも書いていて, ときどき読ませてもらっています.

ポール・グレアムの最近のエッセイ 「2種類の判断(Two Kinds of Judgement)」 で,世の中には次の2種類の判断があるということが書かれていました.

  1. あなたについて判断すること自体が最終目的であるような判断.たとえば, 試験の成績をつけること,裁判で判決をくだすこと,競技会で勝ち負けを決め ることは,このタイプの判断です.

  2. あなたについて判断することが他の何かの手段であるような判断.たとえ ば,雇用や投資に関する判断,デートにおける判断などは,このタイプの判断 です.

1番目の種類の判断は,あなたを正しく判断することが目的なので,判断が間違っ ているときには,それをアピールするための手順が用意されていることもしば しばです.判断が誤っていると思ったら,自分が不当に扱われたということを アピールすることができるわけです.

一方,2番目の種類の判断は,もともと,あなたについて正しく判断することが 最終目的ではなく,実際には,あなた自身について判断しているのではなく, 他の目的(誰を雇うか,何に投資するか)を達成するために,判断には多少の 誤りがあることを前提に,最適な選択をしようとしているわけなので,あなた について正確な判断ができなくても,本来の目的が達成できればそれでいいの です.

たとえば,あるスポーツのチームを作るために,選手を20人選ぼうとするときに, 20番目に良い選手を選考から落として,21番目に良い選手をチー ムに入れるという選択をしてしまっても,良いチームを作るという目的は達成 されます.20 番目に良い選手と21番目に良い選手の差は,判断の誤りの幅と比 べて,そんなに大きいわけではないからです.

私たちが,子供の頃に受ける判断は,1番目の種類の判断であることが多いので, 大人になってからも,自分について成される判断が,1番目の種類の判断であると 誤解しがちです.

ところが,世の中で私たちについて成される判断の多くは,2番目の種類の判断 です.2番目の判断であるにもかかわらず,1番目の判断であるかのように誤解 すると,自分のことを正確に判断していないとか,不当な判断を受けたといっ た個人的な反応を返しがちです.そもそも,2番目の判断は,あなた自身につい て正確に判断することが目的ではないので,判断の結果に対して個人的な反応 を返す必要はないのです.

1番目の判断だと思ってしまう,あるいは,そう思いたがることの裏側には,相 手は自分のことを正確に判断するために,ありとあらゆる努力をしてくれるは ずだといった甘い期待があったり,相手はすべてをお見通しだといった劣等感 があったりします.

2番目の判断を受けている場合には,そういった甘えや劣等感を乗り越えて,自 分をいかに売るか,アピールするかということに注力し,結果を個人的なもの として受け取らないというやり方が,成功する確率をあげます.

以上が,ポール・グレアムのエッセイの内容です.

そんなことは分かっているよ,と言うかもしれませんが,2番目の判断を受けて いるにもかかわらず,知らず知らずのうちに,1番目の判断であると誤解して, 最適な行動をとれなかったり,必要以上の落ち込み方をする場合は,よくある のではないでしょうか.

仕事やビジネスに関わる判断は,たいていの場合,2番目の判断です.仕事に限 らず,実生活における判断も,たいてい2番目の判断ではないのかな.

自分がいいものを生産すれば,売れるはずだとか,正確な情報を話しているの だから,伝わるはずとか,正しいことをしているのだから,受け入れられるは ずとか,相手の目的を理解しないままに,見当違いの思い込みで行動してしま い,結果としてうまくいかないということは,よくあることです.

さらには,うまくいかなかった結果を個人的に受け取って,不平を言うだけで, 何が間違っていたのかをよく理解しないまま,失敗を繰り返すなんてことも, よくあることです.最悪なのは,結果を個人的に受け取ることで,次のトライ を諦めてしまったり,自分で自分を否定したりすることです.

こういうことを理解しているのとそうでないのとでは,長い時間の中で,大き な違いをもたらします.若い人たちには,こういうことを分かった上で, 強く生きていってもらいたいものです.

初心

その道に入らんと思う心こそ我身ながらの師匠なりけれ

茶道百首,利休百首は,茶道の心得を詠んだものですが,様々な分野に読みかえても,意味深いものです.

上の歌は,茶道百首でも利休百首でも冒頭に置かれている歌です. その道に入ろうという志をもった時点で,その人の中には師匠ができているという意味の言葉です.

どんな道でも,その道を志した時点では,上手になろう,極めていこうという真摯な気持ちが生まれるものですが, それの気持ちにいつも照らして,自分の姿を振り返っていく.初心忘れるべからずというのは,本来そういうことを言っているんだと思います.

私は,占星術という術に取り組んでいるのですが,学んでいこうと志した,あの日の初心を忘れないようにしたいです.

参考:
茶道百首歌
利休百首

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