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イージス艦と漁船の衝突:第一報の遅れ

2008年2月19日午前4時7分頃、千葉県南房総市・野島崎の南南西約4 0キロの沖合で、海上自衛隊のイージス護衛艦「あたご」が、民間のマグロは え縄漁船「清徳丸」と衝突、清徳丸は船体が二つに割れ大破、清徳丸に乗り組 んでいた親子の行方は分からず、現在も捜索が続いているという状況です。行 方不明の乗組員の方が早く見つかってほしいと願います。

海上自衛隊の艦と民間船舶の衝突事故としては、1988年の潜水艦「なだし お」と釣り船の衝突以来の大事故である。同様の事故の再発を防止するために も、事故当時の双方の状況を詳しく調査した上での事故原因の徹底的な究明が 待たれる。

今回の事故では第一報の遅れが問題視されている。事故発生から石破防衛相に 一報が入るまで1時間30分、福田首相には約2時間もかかっている。事故発 生からの流れを追うと、次のようになる。

  • 午前4時07分:事故発生
  • 午前4時23分:イージス艦から海上保安庁に事故の連絡が入る
  • 午前4時40分:海上幕僚監部に連絡が入る
  • 午前5時00分:海自トップの海上幕僚長や防衛省の内部部局に連絡が入る
  • 午前5時38分:石破防衛相に一報
  • 午前5時55分:首相官邸に情報連絡室を設置
  • 午前6時05分:福田首相はが船員の捜索に全力を尽くすように関係者に指示
  • 午前8時00分:関係閣僚会議を開く

海上幕僚監部から石破防衛相まで情報が到達するまでに1時間もかかるのは異 常な遅さだろう。

Yomiuri Onlineは次のように報じている。

重大事件・事故、各幕僚長が防衛相に直接第一報へ : 政治 : YOMIURI ONLINE

防衛省は19日、海上自衛隊イージス艦衝突事故で防衛相への連絡が遅れた ことを受け、重大な事件・事故が発生した場合、陸海空の各幕僚長が防衛相 に直接第一報を伝えるよう防衛次官通達を改正した。

 現行の通達では、各幕僚監部が秘書官を通じて、防衛相に第一報を1時間 以内に事務的に伝えると定めているが、今回の事故では、海上幕僚監部は海 上幕僚長と内局にしか報告していなかった。石破防衛相が内局から報告を受 けたのは、海上幕僚長が事実関係を把握してから約40分後だった。

この記事を読んで分かることは、まず、現行のルールが、幕僚監部が秘書官を 通じて防衛相に第一報を1時間以内に事務的に伝えるという、悠長なものであっ たことである。幕僚長は防衛相を補佐する立場の人間であり、重大な事件・事 故が発生した場合、幕僚長から防衛相に直接情報が上がるのは当然なのだが、 そんな当たり前の連絡ルートが確立されていなかったとには唖然とする。

さらに、現行のルールさえ守られていなかったことが分かる。現行のルールで は、海上幕僚監部は防衛相に第一報を伝えることになっていたにもかかわらず、 それを怠っている。

悪い情報ほど第一報を早く上げろというのは、組織においては鉄則だ。第一報 が遅れる原因としては次の3つが考えられる。

  • 適切な連絡ルートが確立されていない
  • 状況の重大さが認識できていない
  • 悪い情報は上に報告したくないという人間の心理

今回の場合、適切な連絡ルートが確立されていなかったということがまずある ようだが、それだけだろうか。状況の重大さが認識されていれば、海上幕僚長 に情報が入った時点で、現状のルールにはないにせよ、防衛相に第一報をもた らすことはできたのではないか。

悪い情報は報告したくないというのは人間の心理ではあるが、悪い情報であれ ばあるほど、確認はしなくてもよいから、とにかく素早く報告しなければなら ない。最悪の事態を避けるために守らなければならない鉄則である。この鉄則 を守ることができる組織を作るためには、上に立つものは、部下から悪い情報 が第一報として上がってきたときに、決して怒ってはならない。悪い情報を上 司に報告したら怒られると思えば、部下は悪い情報を手にしたとき、自己保身 の気持ちが先立って、十分に周辺情報を集めてからでないと情報を上に報告し たがらくなってしまうからである。そういった意味で、防衛省の中の信頼関係 はどうであったのか。

防衛省という国の安全保障を預かる組織が、第一報の連絡の遅れという、こん な緩いことで大丈夫かという思いをいだく人は多いだろう。私もそうである。 しかし、これは他人事ではないとも思う。自分が働いている職場であれ、日々 生活する家庭であれ、悪い情報が素早く連絡される環境は整っているだろうか。 悪い情報を聞いたときに、不愉快な態度や怒りを示してはいないだろうか。自 分の周りや、自分の態度を思い起こしてみると、必ずしも万全とは言えないこ とにも気づかされる。

内なる平和への歩み - 平和の巡礼者の進展 -

「ピース・ピルグリムについて」に書きましたように、 ピース・ピリグリム(平和の巡礼者、Peace Pilgrim)の考えが簡潔にまとめ られた冊子「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」 について、本文以外の部分(「要約」、「考察」、「往復書簡より」、「平和の巡礼者の進展」)の日本語訳を順次掲載しています。

本文の日本語訳は、
Steps Toward Inner Peace(日本語)
をご参照ください。

以下は、「平和の巡礼者の進展(Peace Pilgrim’s Progress)」の日本語訳です。

内なる平和への歩み (Steps Toward Inner Peace)

平和の巡礼者の進展(Peace Pilgrim’s Progress)

ニュースレターからの抜粋(Excerpts from the Newsletters)

4通の手紙:ある日、自分宛の手紙に返事を書いていたとき、ある女性が 言いました。「人は平和のために何をすることができますか?」私は答えまし た。「この手紙に書いてあることを見てみましょう。」一番目の手紙にはこう ありました。「私は農家の主婦です。あなたと話しているので、私は平和のた めに何かを行っているべきだということを理解しました ― 私は4人の息子を育 てていますので、なおさらです。今、私は平和のために何かを成した政府か国 連の人に対して、毎日一通の手紙を書いています。彼らを称賛することで、心 の支えになろうとしているのです。」次の手紙にはこうあります。「世界平和 は、私には少し大きすぎるように思えました。しかし、あなたと話しているの で、私の町の人間関係協議会に参加しました。今、集団の間の平和に関して働 いています。」3番目の手紙にはこうあります。「あなたと話しているので、 私と義理の姉妹との間にある不和な状況を解決しています。」最後の手紙には こうあります。「あなたと話しているので、煙草をやめました。」あなたが世 界の平和のために、集団の間の平和のために、個人の間の平和のために、あな た自身の内なる平和のために何かを実行するときは、いつでも平和の全体の構 図を改善させていることになるのです。不和な状況に調和をもたらすとき、あ なたは平和を作りだすことに貢献しているのです。

最も価値あること:自然の中での素晴らしい滞在の後、しばらくの間私の 故郷であった街の通りを再び一人で歩いていました。午後1時頃のことです。 きちんとした身なりをした多くの人々が、青白い、あるいは、化粧をした顔で、 随分と整然とした列をつくって、忙しそうに、働く場所へと向かったり、そこ から出てきたりしていました。私は、色褪せたシャツと着古したズボンで、彼 らの間を歩いていました。私の柔らかいズック靴のゴム製の靴底は、高いかか とのきちんとした堅い靴の騒々しい音に並んで、音を立てずに進みます。より 貧しい者の側で、私は大目に見られています。より裕福な者の側では、少し ギョッとした一瞥を送る者もいれば、軽蔑の一瞥を送る者もいます。私たちが 歩く両側には、来る日も来る年も整然とした列に並ぶことを厭わなければ買う ことのできる物が陳列されています。それらの物のいくつかは、程度の差こそ あれ、役に立つものですが、多くは、全くのがらくたです ― いくつかものは 美をうたっていますが、多くは非常に醜いものです。何千もの物が陳列されて います ― しかるに、最も価値あるものはそこにはありません。自由は陳列さ れていません。健康も、幸福も、心の平和も、そこにはありません。それらの ものを手に入れるためには、皆さん、整然とした列から逃れ、軽蔑の眼差しで 見られる危険を冒す必要があるかもしれませんよ。

否定と肯定:私は肯定的なアプローチを選んできました - 私は、自分が 反対する悪いことを抑えつけるかわりに、自分が求めている善きことを強調し ます。否定的なアプローチを選ぶ人たちは、間違ったことについてこだわり、 判断や批判、ときには、非難という方法に訴えます。当然なことに、否定的な アプローチは、それを使う人間に有害な影響をもたらします。一方、肯定的な アプローチは良い効果をもたらします。悪は、攻撃されると、もともとは弱く、 ばらばらであったにもかかわらず、結集してしまいます。したがって、悪は、 攻撃されることで、効力と強さを与えられることになるのです。しかし、攻撃 がなければ、代わりに良い影響が状況にもたらされ、悪が消えていくだけでな く、悪をなす人が変化する傾向が強まります。肯定的なアプローチは励ましま す - 否定的なアプローチは怒らせます。人は、怒らせると、より低い本能に したがって振舞うようになり、暴力的で非合理的なやり方をとることもしばし ばです。一方、人は励ますと、より高い本能にしたがって、分別ある合理的な やり方で振舞うようになります。怒りは一時的なものですが、励ましは生涯に 渡る効果をもつことがあります。

平和のために働くこと:真に献身的な少数の人々は、調和から外れた人々 の集団がもつ悪い影響を弱めることができます。したがって、平和のために働 く私たちは、ためらってはいけません。私たちは、平和のために祈り続け、で きる限り方法で平和のために行動し続けなければなりません。平和のために口 を開き、平和の道を生き続けなければなりません。他の人々を触発するために は、平和について考え続け、それが可能であることを理解し続けなければなり ません。深く考えられたことこそ、私たちは現実に移す手助けをすることがで きるのです。一人の小さき人が、彼女の時間のすべてを平和に捧げて、ニュー スとなる。多くの人々が、彼らの時間の幾ばくかを捧げるなら、歴史をつくる ことができます。

幸いなるかな、見返りに感謝を期待することさえなしに奉仕する人々。彼ら は大いに報われるでしょう。

幸いなるかな、知りうるすべての善きことを行動に移す人々 - より高 い真理さえ彼らには明かされるでしょう。

幸いなるかな、結果を知ることを求めることなく、神の意志を遂行する 人々。彼らの報酬は大いなるものとなるでしょう。

幸いなるかな、同胞である人類を愛し、信じる人々。彼らは、人々の中の 善意に辿りつき、愛情深い返報を得るでしょう。

幸いなるかな、実在を理解している人々。彼らは、泥の服ではなく、泥の 服に息吹を与えているものが実在であり、破壊されないものと知っています。

幸いなるかな、私たちが死と呼ぶところの変化を地上の生活の制限からの 解放として理解する人々。彼らは、輝かしい変容をなす愛する人々とともに喜 びを得るでしょう。

幸いなるかな、人生を奉げ、それにより恩恵を得た後で、その先の道にあ る困難を乗り超えるための勇気と信仰をもつ人々。彼らは、もう一つの恵みを 受けることになるでしょう。

幸いなるかな、自己中心的な動機で内なる平和を求めるのではなく、霊的 な道に向かって前進する人々。彼らはそれを見出すでしょう。

幸いなるかな、天の王国の門を打ち倒すのではなく、謙虚に、愛をこめて、 清々しく、その門に近づく人々。彼らはすぐに通ることができるでしょう。

あなたは神を知ることができます:私たちの内に自身を現すように、宇宙 のいたるところに自身を現す、私たちよりも偉大な力が存在します。これが、 私が神と呼ぶものです。神を知るとはどういうことか分かるでしょうか - 神 の絶え間ない導き受けることでしょうか - 神の存在を常に気づくことでしょ うか。神を知るとは、すべての人間、すべての生き物に対する愛を映すことで す。神を知るとは、心の内に平和を感じることです - いかなる状況にも立ち 向かうことを可能にしてくれる穏やかさ、静けさ、揺らぎなさを心の内に感じ ることです。神を知るとは、喜びに充たされ、その喜びが沸き立ち、世界を祝 福するために広まっていくことです。私は今ただ一つの願望をもっています - それは、私のための神の意志を遂行することです - 矛盾はありません。巡礼 を歩くように神が私を導くとき、私はそのことを喜んで実行します。他のこと をするよう神が私を導くなら、私は同じように喜んでそれを実行します。私の 行うことが私に対する批判をもたらすなら、屈することなく、受け入れます。 私の行うことが私に賞賛をもたらすなら、その賞賛をすぐさま神に譲ります。 私は神が仕事をなすときに使う小さき道具に過ぎないからです。何かを行うよ うに神が私を導くとき、私には力が与えられ、必要なものが与えられ、道が示 され、話すべき言葉が与えられます。その道が容易なものであろうと、困難な ものであろうと、神の愛と、平和と、喜びの光の内に歩いていき、感謝と賛美 の詩篇をもって神に向かいます。これが、神を知るということです。そして、 神を知るということは、偉大な人々にのみ許されたものではありません。あな たや私のように小さき人間のためにあるのです。神はいつもあなたを探してい ています - あなた方人ひとりひとりを。あなたが神を求めようとするなら、 いつも神を見出すことができます - 神の法則に従うことによって、人々を愛 することにより、身勝手さ、執着、否定的な思考と感情を放棄することによっ て。そして、あなたが神を見出すとき、神は静けさの内にあるでしょう。あな たは心の内に神を見出すでしょう。

怖れについて:怖れほど、世界の平和や内なる平和を妨げる大きな要因は ありません。私たちは、怖れるものに対して、理不尽な憎しみを育てがちであ り、結局、憎しみと怖れに辿りつくことになります。このことは私たちを心理 的に傷つけ、世界の緊張を悪化させるだけでなく、そういった否定的な思いに 集中することにより、私たちが怖れる物事を引き付けてしまいがちです。何も 怖れず、愛を放射するなら、善きことが起きることを期待できます。この世界 が愛と信仰のメッセージと実践例をどれほど必要としていることか!

簡素さという自由:簡素さと奉仕に献身する私の生活が禁欲的で喜びがな いと考える人がいます。しかし、そういった人々は、簡素さという自由につい て理解していないのです。私は、自分の体に適切な影響を与える食物について 十分理解しており、卓越した健康を享受しています。私は食べ物を楽しみます が、生きるために食べます。私は食べるために生きているのではありませんし、 いつ食べ終わるべきかを理解しています。私は食べ物の奴隷ではありません。 私の衣服は、最も快適であると同時に、最も実際的です。たとえば、私の靴は、 柔らかい布地の上物と、柔らかいゴムの靴底を備えています - 素足で歩いて いるかのように自由を感じることができます。私はファッションの奴隷ではあ りません。私は快適さと便利さの奴隷ではありません - たとえば、私は、柔 らかいベッドの上でも、道路の横の芝生の上でも、同じように良く眠ることが できます。私は、不必要な所有物や意味のない活動という重荷を背負うことは ありません。私の生活は満ち足りており、善きものですが、混み入ってはおら ず、たやすく楽しげに仕事をします。私は、自分の周りのすべてに美しさを感 じ、私が出会うすべての人の中に美しさを見出します - 私はすべての中に神 を見るのです。私は、この宇宙を支配する法則を理解し、喜び楽しみながら、 その法則に従う中に調和を見出します。私は、「生のパターン」における自分 の役割を理解し、喜び楽しみながら、その役割を生きることに調和を見出しま す。私は人類との一体感と神との一体感を理解しています。私の幸福は、すべ ての人々とすべての物事に対する愛と奉仕の中で溢れ出しています。

私たちの時代の人々について:黄金時代の先駆けとなろうとするなら、人々 の中に善きものを見なければなりません - それがどんなに奥深く埋没してい ようともです。そうです、無関心、身勝手さが、ここそこに見受けられます- しかし、善きものもそこにあるのです。善きものに辿りつくのは、判断によっ て成されるのはではなく、愛と信仰を通して成されます。愛は、世界を核によ る破壊から救うことができます。神を愛しなさい - 受容と即応をもって神の 方を向きなさい。あなたの同胞である人類を愛しなさい - 友情と奉仕をもっ て彼らの方を向きなさい。「愛の道」を生きることによって、神の子と呼ばれ るように自分を適応させなさい。

霊的な成長は、肉体の成長や心の成長と同様の過程です。5歳の子供が、 次の誕生日に両親と同じくらいの背の高さになることは期待されていません。 1年生が学期の終わりに卒業して大学に入ることは期待されていません。真理 を求める学生が、内なる平和を一晩で獲得するとは期待されていません。

魔法の公式:対立を解決する魔法の公式があります。それはこれです:あ なたが利益を得ることなく、対立を解決することを目的としなさい。対立を避 ける魔法の公式があります。それはこれです:あなたが攻撃されないようにで はなく、あなたが攻撃しないように気をかけなさい。

未熟さについて:人々が本当に苦しむのは未熟さからです。成熟した人々 の間には戦争は問題とはならないでしょう - 戦争は不可能となるからです。 未熟さにあって、人々は、平和と、戦争を起こす物事を同時に望みます。しか しながら、人々は、子供が成長するように、成熟することができます。そう、 私たちの公的機関や指導者たちは私たちの未熟さを反映しています。けれども、 私たちが成熟するにつれて、より良い指導者を選び、より良い公的機関を設立 するようになるでしょう。事態は、私たちのほとんどが避けたいと望む物事に、 いつも戻っていきます- 私たち自身を改善するように働き続けましょう。

私のメッセージ:友人の皆さん、世界の状況は深刻です。人類は、恐々と よろめきながら、完全な混乱と黄金の時代の間にあるナイフの刃の上を歩いて おり、同時に、強い力が混乱に向かって押しています。私たち - 世界の人々 -が、無気力から目覚め、確固として早急に混乱から遠ざからることをしない ならば、私たちが大事にしているすべてが大惨事の中で破壊されるでしょう。

これが平和の道です。「悪しきものを善きもので克服しなさい。偽りを真 実で克服しなさい。憎しみを愛で克服しなさい。」

黄金律はうまく働くでしょう。これらは単なる宗教的な概念であり、実際的で はないと簡単に言わないでください。人間の行いを支配する法則は、重力の法 則と同じように厳格に適用されます。生の如何なる歩みにおいても、これらの 法則を軽視するなら、混乱に終わります。これらの法則に従うことで、この脅 えた、戦争に疲れた私たちの世界は、私たちが最も大切にしてきた夢をはるか に超える、平和と豊かさの時代へと入っていくことでしょう。

草の根の平和運動:あなたは、平和の道を求めるために、平和の祈りのグ ループとともに地域平和共同体を始めることができます。ある場所では、私の 本が、霊的な観点から平和を扱っているために、使われています。一つのパラ グラフを読み、受容的な沈黙の内に深く考察し、それついて語り合う。霊的な 真実がそこに含まれることを理解し、感じることができる者はみな、平和のた めに働く霊的な準備が整っているのです。

次は平和研究グループです。現在の世界の状況がどのようなものであるか、そ れを平和な世界の状況に転換するためには何が必要とされるかについて、明確 な構図を理解する必要があります。必ずや、現在の戦争のすべてを止めなけれ ばなりません。明らかに、私たちがともに武器を下に置くための方法を見出す 必要があります。心理的な暴力がまだ存在する世界において、肉体的な暴力を 避けるための仕組みを作る必要があります。すべての国家は、国連に一つの権 利を引き渡す必要があります - 戦争する権利を引き渡す必要があるのです。

私たち、世界の人々は、いかなる集団の幸福の上にも全人類という家族全体の 幸福を置くことを学ぶ必要があります。飢餓と苦痛が緩和される必要があり、 同じように、恐れと憎しみが緩和される必要があります。平和と関連して国家 の問題が幾つかあります。集団の間の平和のために成すべき仕事があります。 私たちの一番の国家の問題は、平時の状況に合わせて経済を調整することです。 対立を解決する平和的方法について広範囲に研究するために、私たちの政府の 中に平和省を置くことが必要です。それから、他の国に対して同様の省をつく ることを頼むことができます。

世界の問題と、その解決への歩みが、あなた方にとってかなり明確になったら、 平和行動グループとなる用意が整いました。あなた方は、徐々に平和行動グルー プとなることができます - 理解するに至った問題に対して行動します。平和 の行動は、常に、平和の道を生きるという形式をとるべきです。それは、手紙 を書くという形式をとることも可能です - 平和のために良いことを行った人 を賞賛するために、平和についての立法行為に関わった議会のメンバーや、平 和を題材に取り上げた編集者や、平和について学んだ友人に手紙を書くという 行動です。それは、平和をテーマとする市民集会や、平和を題材とする講演を 行うこと、平和についての文献を配布すること、平和について人に語ること、 平和展示会、平和行進、平和フロートといった形式をとりえます。平和の道を 約束する人々に投票するという形式も可能です。

草の根の平和活動は、きわめて重要です。この危機的な時代においては、すべ ての街に地域平和共同体があるべきです。そういった集団は、関心をもつ一握 りの人々と始めることができます。あなたから始めることができるのです!

負債としてのお金

「負債としてのお金 (Money as Debt)」というアニメーションがあります. ナレーションは英語ですが,日本語字幕がついているものが, ニコニコ動画とGoogle Videoにあります.

現代社会の中でお金がどのようにして作られているのかという質問に明快に答 えることができる人は少ないのではないでしょうか.

このアニメーションは,現代の貨幣システムの仕組みと問題点 を分かりやすく説明しています.

銀行は,お金をもっているから人々に貸し付けるのではなく,銀行が保有して いる預金などの資産を超えて,人々に貸し付けることができる. お金は誰かが借金すると創られる.

銀行はいわば無からお金を創る.現代の貨幣システムは,システムが崩壊する ことを防ぐために,借金をしつづけ,永遠に成長しつづけていかなければいけ ないシステムである.

私は,経済について詳しい知識をもっていないので,このビデオの中で語られ ていることに誤りは一切ないと言い切ることはできませんが,大枠として真実 が語られていると思います.説得力のある内容でした.

社会サービスにおけるエラー

10/12の始発から首都圏のJR,私鉄,地下鉄の駅で自動改札機が動かないト ラブルが発生しました.

最初は自動改札機の電源が入らないという報道を聞いたので, いったいどうやったらそんなことが起きるのか,意味がよく分からなかったで すが,ITmediaに,原因についての記事が掲載されていました.

260万人の朝の足を直撃 プログラムに潜んだ“魔物” - ITmedia News
日本信号によると、現時点で判明しているのはこうだ。原因は自動改札機のICカード判定部の不具合。判定部には毎朝、サーバから起動用データの1つとして、「ネガデータ」(ネガティブデータ)と呼ぶ、旧式カードや不正カードなど、改札を通過できないカードを認識するためのデータを送信している。この朝もネガデータを送信したところ、判定部がネガデータをメモリに読み込む際に不具合が発生。処理がそこでストップし、起動しなかったという。
ICカード判定部(同社資料より) 調べたところ、ネガデータに「ある長さ、ある件数」といった条件が重なった時、データが読み込めなくなるプログラム不具合が判定部側にあることが判明。このため、判定部はエラーを返しながらネガデータ読み込みのリトライをひたすら繰り返す状態に陥り、起動処理が止まった。

自動改札機の起動時に,サーバから送られてくるデータの読み込みに失敗して, 読み込みをリトライして無限ループに陥ったため,自動改札機が起動しなかっ たということのようです.

私たちが日頃利用している様々な機器やサービスは,ソフトウェアなしには動 作しませんが,ソフトウェア開発時にテストを繰り返しても,実際問題として エラーが0になる保証はなく,実サービスで稼働中のソフトウェアのメインテ ナンスを十分に行うことも簡単なことではありません.今回のようなソフトウェ アのバグ(エラー)は,思ってもみないところに潜んでいる可能性があります.

コンピュータがいたるところに浸透した現在の社会は,ソフトウェアのエラー によって大きな混乱や事故が引き起こされるリスクをかかえています.今回の 出来事も,経済的な損出だけでなく,まかりまちがえば,改札が混乱して,怪 我人が出るような状況も想像できます.日常の生活が平穏に過ぎていくのも, 偶然の連続ではないかとさえ思えてきます.

コンピュータのソフトウェアということだけでなく,多くの人間が協調しなが ら運営している社会のシステムやサービスにエラーが潜んでいるのは,よくよ くあることで,年金の記録漏れもその一つの現われです.

ICT(情報通信技術)が浸透した社会は,多数の人間,多数の情報システム, 様々な社会制度が,協同で実現しているようなもので,そういった社会におい ては,コンピュータのソフトウェアだけを問題にすべきではなく,情報システ ム,人間,社会制度のどこかにエラーや問題が発生しても,それをカバーでき るように,全体を設計することが重要です.

もっと大きく言えば,人間の行いや,技術,社会制度が地球規模の環境に影響 を与え,それがまた人間に跳ね返ってくるということがあるわけで,そういっ た中では,人間,技術,社会制度,環境の相互の関係を広く見渡しながら,問 題の在り処や解決法を考えていったり,技術や社会制度を設計したりといった 視点が必要となってきているのでしょう.

暗闇に光を

元公安調査庁長官の緒方重威氏が,在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)本部の土地、建物を自分の会社で購入したという事件が波紋を広げています.

安倍首相は,「朝鮮総連は,その構成員が拉致をはじめとする犯罪にかかわっ ていた事実が既に明らかになっている.破壊活動防止法に基づく調査対象にも なっている」とし,今は民間人とはいえ,かつては朝鮮総連を監視・調査する 立場であった緒方氏を批判しています.きつい言い方でですが,間違ったこと は言っていないです.

公安調査庁というのは,破壊活動防止法に基づいて,テロなどの破壊活動を行 う危険性のある団体を監視,調査するための組織なわけで,その組織の元長官 が,今は民間人とはいえ,朝鮮総連の利益になる行動をしていたというのは, 驚きです.

緒方氏自身は,今回の朝鮮総連本部の土地・建物取引に関して,朝鮮総連本部 の大使館的な機能を維持する目的があった,朝鮮総連を助けるために購入しよ うとしたと,発言していて,確信犯であることが分ります.

この土地取引に関して,緒方氏は,元日本弁護士連合会会長の土屋公献氏から依頼されたとしています.

土屋氏は,Wikipedia によると, 731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟の弁護団長,アフガニスタン国際戦犯民衆法廷 の検事団長,戦後処理の立法を求める法律家・有識者の会,「慰安婦」問題の 立法解決を求める会の会長、9条ネット共同代表,日本の過去の清算を求める国 際連帯協議会日本委員会代表といった経歴の持ち主です.2002年までは「拉致 問題は存在せず、国交交渉を有利に進めたい日本側の詭弁である」と繰り返し 主張していたそうで(2002年に北朝鮮政府が「拉致」を認めたことで謝罪), 極端な左派の思想の持主のようです.

私は,元日弁連の会長が,極端な左派の思想の持主であろうと,朝鮮総連に対 して利益になる行動をしようとも,特に驚きはないのですが,さすがに元公安 調査庁長官が朝鮮総連を利する行動を堂々と行っているということには驚きま した.こういう問題は根が深くて,単純な構造ではないのでしょうが,真相が できるだけ表に出てくることを望みます.

土屋氏が,日弁連会長であったのは1994年から1996年,緒方氏が公安調査庁長官であったのは1993年から1995年で,時期が重なっています.この時代の政権 は,村山富市内閣でした.

思い起こせば,当時の政治体制は,

村山富市内閣総理大臣(1994.6-1996.1)
河野洋平外務大臣(1994.6-1996.1)
野中広務自治大臣・国家公安委員会委員長(1994.6-1995.8)
土井たか子衆議院議長(1993.8-1996.10)

といった顔ぶれが並んでいたんですね.

1995年1月には阪神淡路大震災,1995年3月には地下鉄サリン事件,國松孝次警 察庁長官狙撃事件と,騒然とした時代でした.危機的な時代であったのだと思 います.

ふるさと納税制度

住民税の一部を生まれ故郷などの自治体に納めることを可能とする「ふるさと 納税」制度が議論されています.

自民党の中川昭一政調会長が「技術的に非常に難しい」と発言していますが, そういった技術論は置いておくとしても,地方税には,地方自治体から受けて いる行政サービスの対価という応益課税の原則があるわけで,実際には住んで いない地方へ住民税の一部を分納するというのは,住民税の主旨に反し,不公 平感を醸成することになります.

住民は,税金を払うだけではなく,税金の使い道を決める代表を選挙によって 選び,その代表たちが変なことをしていないかを監視するということがあって, はじめて地方自治が成り立つわけですが,ふるさと納税制度の場合,現住地以 外の自治体へ税金を納めても,その使い道に対して参政権や選挙権による意思 表示ができません.

また,国民の多くを占めるサラリーマンが,ふるさと納税を申告するために, 面倒になると予測されるな事務手続きを行うとは思えません.それとも,ふる さと納税のための手続きを円滑に実施できるように,新しい部署などが役所に できて,そこに誰かが天下ったりするのでしょうか.実際,それも目的だった りするのではと勘ぐりたくなります.

と考えていくと,ふるさと納税制度は,まともに機能する制度とは思えません. 地域間で広がる税収格差が問題であるならば,住民税の一部を回すといった不 自然な方法ではなく,現住地以外の自治体への寄付金を税額控除するといった 方がよほどスマートです.

あと,以下妄想です.

この「ふるさと納税」というのは,単に,地域間の税収格差を是正するという ことだけで,単発的に発想されたものではなく,少子化やそれに伴う年金制度 の問題と絡んで,現代の日本社会における子ども観や親子関係観を,少し昔に 引き戻したいという考えが背景にあって,そこから出てきているのではないか と,勝手に思っています.

子供を可愛いと思わなかった時代 - FIFTH EDITION にあるように, 人類の長い歴史の中では,「子どもは無条件に愛すべき純粋無垢な存在」とい う子ども観が登場するのは,ごく最近のことで,むしろ,子どもを親や大人た ちにとっての労働力や使役の対象とみなし,子どもが親や大人たちの経済資本 であった時代が長く続きました.

『自分(親)の為の子作り』と『子どもの為の子作り』:少産少死の現代社会における親子関係と社会道徳 では,子どもを作って増やすことが,親の将来利益や老後保障に結びつく伝統 社会では,特別な少子化対策をしなくても,子どもを持つインセンティブ(誘 因)が非常に大きいので,自然に男女は子どもを増やす行動(戦略)を無意識 的に採用する,と論じています.

さらに,上の記事 では,現代においては,親が子どもからの見返りを子どもの義務として期待する 心を否定的に見る道徳規範が醸成されており,それも現代の若者の出産を抑制 している原因の一つと考えられるのではないか,としています.

少子化という現象は,複雑な要因が絡んでいる現象でしょうから,単一の原因 でもって説明することはできませんが,確かに,社会の中での子ども観,親子 関係観が変化してきたこととも,関係しているように思えます.

少子高齢化が進めば,社会はドラスティックな人口構造の変化を経験すること になり,将来年金制度はどうなっていくのだろうという話にもなってくるわけ ですが,とはいうものの,親の世代が老人になったときに,それを支えてくれ る存在として子どもをみなし,自分の老後のために子どもを作りましょうとい う考えが支持されているとは思えません.現代においても親孝行は美徳なわけ ですが,それを前面に押し出して,子どもからの援助を期待するという考えは, 受け入れられない傾向が強いです.

現在構想されている「ふるさと納税」制度というのは,義務ではなく,そうし たい人がそうするための制度ですが,自分を育ててくれたふるさとに恩返しす るという考え方が背景にあることは事実です.

さらに勝手なことを言えば,子どもは,育ててくれた親に恩を返し,親は,子 どものためだけではなく,親自身のために子どもを作る,という方向へ,人々 の意識を少し戻したいという背景があって,そこから今回の「ふるさと納税」 のような発想も出てきているんじゃないかなと,勝手に思っています.

伝統社会が備えていたもののを,必要に応じて,現代社会に合った形で取り入 れていこうとすること自体には,反対ではないですが,それを推し進めようと しているらしい人たちが,言動に説得力がなく,適切な言葉で正面きって論じ ることができていないように見えます.「ふるさと納税」制度というのもそう で,育ててもらった故郷に恩返しするという発想を,現在の税法や地方自治の 考え方とは相容れない,いびつな形でしか提案できないところに,底の浅さを 見ます.

相変らずの緩さ加減 - 「超能力VS超魔術!!」

「超能力VS超魔術!!」というテレビV番組をみましたが,ずるい作りの番組 だなと思いました.

全盲のアメリカの少年が,口から音を発し,その反響音を聞き取ることで自分 と対象物の位置関係を把握する,という話は,興味深かったですし,人間の適 応能力というか,脳の可塑性ってすごいな,と見てました.

釈然としなかったのは,中国人女性による透視能力の実験です.こういうテレ ビ番組は,バラエティだと思って,ヘラヘラ笑いながら見るものかもしれませ んが,以下の番組情報欄にあるように,「実証」なんてことを言っているし, 番組の作り方自体も,超能力を実証しようと試みてますよ,という雰囲気を醸 し出そうとしているところに,後味の悪さを感じました.

さまざまな能力を持った超能力者がいるという中国からは、Mrマリックがか つて北京で出会ったという女性が登場する。彼女はスタジオで透視、テレパ シーなどの超能力を実証する。

上の番組情報欄では「実証する」と書いてありますが,番組内では,実証を試 みてるよという雰囲気を醸し出しているだけあって,大上段に振りかぶって, 実証するぞとは言い切っているような作りではなかったと思います.

それはそうで,論理的な思考ができる人が見れば,あれでは実証したことには ならないなと分かるようなことしか示していなかったので,あれで実証できま したとは誰も結論付けないでしょう.

しかし,実証しようという見せ掛けで番組を作るのは,姑息で,ずるい作り方 です.

透視実験は,透視能力をもつとされる中国人女性には見えないように,番組出 演者に紙に漢字を書いてもらって,紙を封印し,中国人女性がその漢字を透視 するというものでした.

こういう実験で超能力を実証したいのであれば,番組出演者が書いた漢字が中 国人女性には直接的,間接的に漏れないことを保証できるように,実験を計画 しなければなりません.ところが,非常に不思議なことに,実験が終了したと いう設定のカットでは,番組出演者の一人にインタビューして,「あなたは中 国人女性とは話していませんね」,「休憩時間にも,中国人女性に限らず,他 の誰にも自分の書いた漢字について話していませんね」といったことを尋ねて いました.

これをまともな実証実験であると考えるなら,そんなことを後からインタビュー しても,実験の有効性には何ら貢献しませんし,そもそも休憩時間には,漢字 を書いた出演者は他の誰とも話すことができないように,実験を計画すべきで しょう.

テレビ番組なのだから,そんなに厳密なことを言わなくてもいいんじゃないか という考え方もあると思いますが,それならば,実証するという雰囲気を醸し 出すような姑息な番組作りをしてはいけない.不思議なこともあるもんだとい うことに留めた番組作りはできるはず.

私は,透視能力なるものは決して存在しないと言いたいのではなく,実証する というなら,きちんと実証するように実験計画を組んでやってよ,ということ です.「発掘!あるある大事典」の捏造事件があったのに,ゆるさ加減は変わっ ていないように見えます.この程度までなら大丈夫だろうという気分があるの なら,甘いと言わざるを得ません.

実証とか検証といったことを決して言わないのであれば,ある程度楽しんで見 ることもできたのに,残念でした.

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