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霊性 Archive
自分とは何か
- 2007-11-19 (Mon)
- 霊性
最近、、非二元論の伝統に関心が向いていて、エックハルト・トール、ガンガ ジ、ニサルガダッタ・マハラジ、ラマナ・マハルシの考えに触れています。自 我(エゴ)というものが物語に過ぎず、本当の自分とは異なるものであるとい うことを認識しようとしています。
非二元論(non-dualism)は、不二一元論、アドヴァイタ(Advaita) とも呼ばれま す。非二元論は、アートマン(Atman、真我、本当の自分、自己の本質)はブラ フマン(Brahman、宇宙の根本原理、究極の実在、あらゆる存在の真髄)と等し いという教えです。エックハルト・トールによると、「大いなる存在」こそが 「人間の本質」であり、「大いなる存在」とは、「死を運命づけられた無数の 生命形態を超える、唯一の不滅の命であり、あらゆる生命の奥深くに、目には 見えず、絶対に滅びることのない本質として、宿っている」ものです(「さと りをひらくと人生はシンプルで楽になる」、pp.25-26)。
非二元の世界観と対極にある二元的な世界観では、私たちは、一人ひとり、他 とは区別された自我(エゴ)をもっており、他と区別された自我として自分を 認識しています。自己と他者は対立し、分離しているという世界観です。
しかし、自分とは何か、自分とは誰かということを考えていくと、自分である と思っている自我(エゴ)というものは、自分が属する家族、社会、カルチャー の中で、他から隔てられた自分を防衛するために作り出した定義づけに過ぎな いことが分かります。ガンガジの言葉を借りれば、自我(エゴ)は物語に過ぎ ないという言い方もできます。
自分の考えや感情が他者から否定されたように感じられたとき、自分の存在が 脅かされたかのように、必死に反論したり、また、相手を攻撃したりする経験 は、誰しもあるでしょう。知らず知らずのうちに、自分の中に起きる思考や感 情を自分と同一視しているのです。
思考は有用なものですが、それを有用な道具として使うことと、それに振り回 されることは違います。自分自身を振り返ってみると、過去の苦い記憶・好ま しい記憶や、それに伴う感情を何度も何度も心の中で再生したり、未来の不安 を打ち消すため、あるいは、未来の好ましい展望を確認するために、堂々巡り の思考や、それに伴う正負の感情を繰り返すということを、頻繁に行っていま す。それは、思考や感情に振り回され、使われていることなんだなと実感しま す。
非二元論の教えに触れて、そういった思考や感情は、本当の自分(真我)では なく、物語に過ぎない自我(エゴ)が自身を防衛するために発動しているもの に過ぎないということを、あるがままに感じ取ろうとしています。
そのことによって何かを得ようとしているわけではなく、ただ、自我(エゴ) の奥深くに隠れている真我というものを認識しようとしています。 自分の思考や感情をじっと見つめる、自分の自我(エゴ)の声をじっと聴 く、ということに注意を払っています。真我は既にあるものであり、そこに至 るために思考を巡らすことは、思考の罠にはまることなので、じっと見つめる、 じっと聴くという態度をとっています。
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内なる平和への歩み - 平和の巡礼者の進展 -
「ピース・ピルグリムについて」に書きましたように、 ピース・ピリグリム(平和の巡礼者、Peace Pilgrim)の考えが簡潔にまとめ られた冊子「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」 について、本文以外の部分(「要約」、「考察」、「往復書簡より」、「平和の巡礼者の進展」)の日本語訳を順次掲載しています。
本文の日本語訳は、
Steps Toward Inner Peace(日本語)
をご参照ください。
以下は、「平和の巡礼者の進展(Peace Pilgrim’s Progress)」の日本語訳です。
内なる平和への歩み (Steps Toward Inner Peace)
平和の巡礼者の進展(Peace Pilgrim’s Progress)
ニュースレターからの抜粋(Excerpts from the Newsletters)
4通の手紙:ある日、自分宛の手紙に返事を書いていたとき、ある女性が 言いました。「人は平和のために何をすることができますか?」私は答えまし た。「この手紙に書いてあることを見てみましょう。」一番目の手紙にはこう ありました。「私は農家の主婦です。あなたと話しているので、私は平和のた めに何かを行っているべきだということを理解しました ― 私は4人の息子を育 てていますので、なおさらです。今、私は平和のために何かを成した政府か国 連の人に対して、毎日一通の手紙を書いています。彼らを称賛することで、心 の支えになろうとしているのです。」次の手紙にはこうあります。「世界平和 は、私には少し大きすぎるように思えました。しかし、あなたと話しているの で、私の町の人間関係協議会に参加しました。今、集団の間の平和に関して働 いています。」3番目の手紙にはこうあります。「あなたと話しているので、 私と義理の姉妹との間にある不和な状況を解決しています。」最後の手紙には こうあります。「あなたと話しているので、煙草をやめました。」あなたが世 界の平和のために、集団の間の平和のために、個人の間の平和のために、あな た自身の内なる平和のために何かを実行するときは、いつでも平和の全体の構 図を改善させていることになるのです。不和な状況に調和をもたらすとき、あ なたは平和を作りだすことに貢献しているのです。
最も価値あること:自然の中での素晴らしい滞在の後、しばらくの間私の 故郷であった街の通りを再び一人で歩いていました。午後1時頃のことです。 きちんとした身なりをした多くの人々が、青白い、あるいは、化粧をした顔で、 随分と整然とした列をつくって、忙しそうに、働く場所へと向かったり、そこ から出てきたりしていました。私は、色褪せたシャツと着古したズボンで、彼 らの間を歩いていました。私の柔らかいズック靴のゴム製の靴底は、高いかか とのきちんとした堅い靴の騒々しい音に並んで、音を立てずに進みます。より 貧しい者の側で、私は大目に見られています。より裕福な者の側では、少し ギョッとした一瞥を送る者もいれば、軽蔑の一瞥を送る者もいます。私たちが 歩く両側には、来る日も来る年も整然とした列に並ぶことを厭わなければ買う ことのできる物が陳列されています。それらの物のいくつかは、程度の差こそ あれ、役に立つものですが、多くは、全くのがらくたです ― いくつかものは 美をうたっていますが、多くは非常に醜いものです。何千もの物が陳列されて います ― しかるに、最も価値あるものはそこにはありません。自由は陳列さ れていません。健康も、幸福も、心の平和も、そこにはありません。それらの ものを手に入れるためには、皆さん、整然とした列から逃れ、軽蔑の眼差しで 見られる危険を冒す必要があるかもしれませんよ。
否定と肯定:私は肯定的なアプローチを選んできました - 私は、自分が 反対する悪いことを抑えつけるかわりに、自分が求めている善きことを強調し ます。否定的なアプローチを選ぶ人たちは、間違ったことについてこだわり、 判断や批判、ときには、非難という方法に訴えます。当然なことに、否定的な アプローチは、それを使う人間に有害な影響をもたらします。一方、肯定的な アプローチは良い効果をもたらします。悪は、攻撃されると、もともとは弱く、 ばらばらであったにもかかわらず、結集してしまいます。したがって、悪は、 攻撃されることで、効力と強さを与えられることになるのです。しかし、攻撃 がなければ、代わりに良い影響が状況にもたらされ、悪が消えていくだけでな く、悪をなす人が変化する傾向が強まります。肯定的なアプローチは励ましま す - 否定的なアプローチは怒らせます。人は、怒らせると、より低い本能に したがって振舞うようになり、暴力的で非合理的なやり方をとることもしばし ばです。一方、人は励ますと、より高い本能にしたがって、分別ある合理的な やり方で振舞うようになります。怒りは一時的なものですが、励ましは生涯に 渡る効果をもつことがあります。
平和のために働くこと:真に献身的な少数の人々は、調和から外れた人々 の集団がもつ悪い影響を弱めることができます。したがって、平和のために働 く私たちは、ためらってはいけません。私たちは、平和のために祈り続け、で きる限り方法で平和のために行動し続けなければなりません。平和のために口 を開き、平和の道を生き続けなければなりません。他の人々を触発するために は、平和について考え続け、それが可能であることを理解し続けなければなり ません。深く考えられたことこそ、私たちは現実に移す手助けをすることがで きるのです。一人の小さき人が、彼女の時間のすべてを平和に捧げて、ニュー スとなる。多くの人々が、彼らの時間の幾ばくかを捧げるなら、歴史をつくる ことができます。
幸いなるかな、見返りに感謝を期待することさえなしに奉仕する人々。彼ら は大いに報われるでしょう。
幸いなるかな、知りうるすべての善きことを行動に移す人々 - より高 い真理さえ彼らには明かされるでしょう。
幸いなるかな、結果を知ることを求めることなく、神の意志を遂行する 人々。彼らの報酬は大いなるものとなるでしょう。
幸いなるかな、同胞である人類を愛し、信じる人々。彼らは、人々の中の 善意に辿りつき、愛情深い返報を得るでしょう。
幸いなるかな、実在を理解している人々。彼らは、泥の服ではなく、泥の 服に息吹を与えているものが実在であり、破壊されないものと知っています。
幸いなるかな、私たちが死と呼ぶところの変化を地上の生活の制限からの 解放として理解する人々。彼らは、輝かしい変容をなす愛する人々とともに喜 びを得るでしょう。
幸いなるかな、人生を奉げ、それにより恩恵を得た後で、その先の道にあ る困難を乗り超えるための勇気と信仰をもつ人々。彼らは、もう一つの恵みを 受けることになるでしょう。
幸いなるかな、自己中心的な動機で内なる平和を求めるのではなく、霊的 な道に向かって前進する人々。彼らはそれを見出すでしょう。
幸いなるかな、天の王国の門を打ち倒すのではなく、謙虚に、愛をこめて、 清々しく、その門に近づく人々。彼らはすぐに通ることができるでしょう。
あなたは神を知ることができます:私たちの内に自身を現すように、宇宙 のいたるところに自身を現す、私たちよりも偉大な力が存在します。これが、 私が神と呼ぶものです。神を知るとはどういうことか分かるでしょうか - 神 の絶え間ない導き受けることでしょうか - 神の存在を常に気づくことでしょ うか。神を知るとは、すべての人間、すべての生き物に対する愛を映すことで す。神を知るとは、心の内に平和を感じることです - いかなる状況にも立ち 向かうことを可能にしてくれる穏やかさ、静けさ、揺らぎなさを心の内に感じ ることです。神を知るとは、喜びに充たされ、その喜びが沸き立ち、世界を祝 福するために広まっていくことです。私は今ただ一つの願望をもっています - それは、私のための神の意志を遂行することです - 矛盾はありません。巡礼 を歩くように神が私を導くとき、私はそのことを喜んで実行します。他のこと をするよう神が私を導くなら、私は同じように喜んでそれを実行します。私の 行うことが私に対する批判をもたらすなら、屈することなく、受け入れます。 私の行うことが私に賞賛をもたらすなら、その賞賛をすぐさま神に譲ります。 私は神が仕事をなすときに使う小さき道具に過ぎないからです。何かを行うよ うに神が私を導くとき、私には力が与えられ、必要なものが与えられ、道が示 され、話すべき言葉が与えられます。その道が容易なものであろうと、困難な ものであろうと、神の愛と、平和と、喜びの光の内に歩いていき、感謝と賛美 の詩篇をもって神に向かいます。これが、神を知るということです。そして、 神を知るということは、偉大な人々にのみ許されたものではありません。あな たや私のように小さき人間のためにあるのです。神はいつもあなたを探してい ています - あなた方人ひとりひとりを。あなたが神を求めようとするなら、 いつも神を見出すことができます - 神の法則に従うことによって、人々を愛 することにより、身勝手さ、執着、否定的な思考と感情を放棄することによっ て。そして、あなたが神を見出すとき、神は静けさの内にあるでしょう。あな たは心の内に神を見出すでしょう。
怖れについて:怖れほど、世界の平和や内なる平和を妨げる大きな要因は ありません。私たちは、怖れるものに対して、理不尽な憎しみを育てがちであ り、結局、憎しみと怖れに辿りつくことになります。このことは私たちを心理 的に傷つけ、世界の緊張を悪化させるだけでなく、そういった否定的な思いに 集中することにより、私たちが怖れる物事を引き付けてしまいがちです。何も 怖れず、愛を放射するなら、善きことが起きることを期待できます。この世界 が愛と信仰のメッセージと実践例をどれほど必要としていることか!
簡素さという自由:簡素さと奉仕に献身する私の生活が禁欲的で喜びがな いと考える人がいます。しかし、そういった人々は、簡素さという自由につい て理解していないのです。私は、自分の体に適切な影響を与える食物について 十分理解しており、卓越した健康を享受しています。私は食べ物を楽しみます が、生きるために食べます。私は食べるために生きているのではありませんし、 いつ食べ終わるべきかを理解しています。私は食べ物の奴隷ではありません。 私の衣服は、最も快適であると同時に、最も実際的です。たとえば、私の靴は、 柔らかい布地の上物と、柔らかいゴムの靴底を備えています - 素足で歩いて いるかのように自由を感じることができます。私はファッションの奴隷ではあ りません。私は快適さと便利さの奴隷ではありません - たとえば、私は、柔 らかいベッドの上でも、道路の横の芝生の上でも、同じように良く眠ることが できます。私は、不必要な所有物や意味のない活動という重荷を背負うことは ありません。私の生活は満ち足りており、善きものですが、混み入ってはおら ず、たやすく楽しげに仕事をします。私は、自分の周りのすべてに美しさを感 じ、私が出会うすべての人の中に美しさを見出します - 私はすべての中に神 を見るのです。私は、この宇宙を支配する法則を理解し、喜び楽しみながら、 その法則に従う中に調和を見出します。私は、「生のパターン」における自分 の役割を理解し、喜び楽しみながら、その役割を生きることに調和を見出しま す。私は人類との一体感と神との一体感を理解しています。私の幸福は、すべ ての人々とすべての物事に対する愛と奉仕の中で溢れ出しています。
私たちの時代の人々について:黄金時代の先駆けとなろうとするなら、人々 の中に善きものを見なければなりません - それがどんなに奥深く埋没してい ようともです。そうです、無関心、身勝手さが、ここそこに見受けられます- しかし、善きものもそこにあるのです。善きものに辿りつくのは、判断によっ て成されるのはではなく、愛と信仰を通して成されます。愛は、世界を核によ る破壊から救うことができます。神を愛しなさい - 受容と即応をもって神の 方を向きなさい。あなたの同胞である人類を愛しなさい - 友情と奉仕をもっ て彼らの方を向きなさい。「愛の道」を生きることによって、神の子と呼ばれ るように自分を適応させなさい。
霊的な成長は、肉体の成長や心の成長と同様の過程です。5歳の子供が、 次の誕生日に両親と同じくらいの背の高さになることは期待されていません。 1年生が学期の終わりに卒業して大学に入ることは期待されていません。真理 を求める学生が、内なる平和を一晩で獲得するとは期待されていません。
魔法の公式:対立を解決する魔法の公式があります。それはこれです:あ なたが利益を得ることなく、対立を解決することを目的としなさい。対立を避 ける魔法の公式があります。それはこれです:あなたが攻撃されないようにで はなく、あなたが攻撃しないように気をかけなさい。
未熟さについて:人々が本当に苦しむのは未熟さからです。成熟した人々 の間には戦争は問題とはならないでしょう - 戦争は不可能となるからです。 未熟さにあって、人々は、平和と、戦争を起こす物事を同時に望みます。しか しながら、人々は、子供が成長するように、成熟することができます。そう、 私たちの公的機関や指導者たちは私たちの未熟さを反映しています。けれども、 私たちが成熟するにつれて、より良い指導者を選び、より良い公的機関を設立 するようになるでしょう。事態は、私たちのほとんどが避けたいと望む物事に、 いつも戻っていきます- 私たち自身を改善するように働き続けましょう。
私のメッセージ:友人の皆さん、世界の状況は深刻です。人類は、恐々と よろめきながら、完全な混乱と黄金の時代の間にあるナイフの刃の上を歩いて おり、同時に、強い力が混乱に向かって押しています。私たち - 世界の人々 -が、無気力から目覚め、確固として早急に混乱から遠ざからることをしない ならば、私たちが大事にしているすべてが大惨事の中で破壊されるでしょう。
これが平和の道です。「悪しきものを善きもので克服しなさい。偽りを真 実で克服しなさい。憎しみを愛で克服しなさい。」
黄金律はうまく働くでしょう。これらは単なる宗教的な概念であり、実際的で はないと簡単に言わないでください。人間の行いを支配する法則は、重力の法 則と同じように厳格に適用されます。生の如何なる歩みにおいても、これらの 法則を軽視するなら、混乱に終わります。これらの法則に従うことで、この脅 えた、戦争に疲れた私たちの世界は、私たちが最も大切にしてきた夢をはるか に超える、平和と豊かさの時代へと入っていくことでしょう。
草の根の平和運動:あなたは、平和の道を求めるために、平和の祈りのグ ループとともに地域平和共同体を始めることができます。ある場所では、私の 本が、霊的な観点から平和を扱っているために、使われています。一つのパラ グラフを読み、受容的な沈黙の内に深く考察し、それついて語り合う。霊的な 真実がそこに含まれることを理解し、感じることができる者はみな、平和のた めに働く霊的な準備が整っているのです。
次は平和研究グループです。現在の世界の状況がどのようなものであるか、そ れを平和な世界の状況に転換するためには何が必要とされるかについて、明確 な構図を理解する必要があります。必ずや、現在の戦争のすべてを止めなけれ ばなりません。明らかに、私たちがともに武器を下に置くための方法を見出す 必要があります。心理的な暴力がまだ存在する世界において、肉体的な暴力を 避けるための仕組みを作る必要があります。すべての国家は、国連に一つの権 利を引き渡す必要があります - 戦争する権利を引き渡す必要があるのです。
私たち、世界の人々は、いかなる集団の幸福の上にも全人類という家族全体の 幸福を置くことを学ぶ必要があります。飢餓と苦痛が緩和される必要があり、 同じように、恐れと憎しみが緩和される必要があります。平和と関連して国家 の問題が幾つかあります。集団の間の平和のために成すべき仕事があります。 私たちの一番の国家の問題は、平時の状況に合わせて経済を調整することです。 対立を解決する平和的方法について広範囲に研究するために、私たちの政府の 中に平和省を置くことが必要です。それから、他の国に対して同様の省をつく ることを頼むことができます。
世界の問題と、その解決への歩みが、あなた方にとってかなり明確になったら、 平和行動グループとなる用意が整いました。あなた方は、徐々に平和行動グルー プとなることができます - 理解するに至った問題に対して行動します。平和 の行動は、常に、平和の道を生きるという形式をとるべきです。それは、手紙 を書くという形式をとることも可能です - 平和のために良いことを行った人 を賞賛するために、平和についての立法行為に関わった議会のメンバーや、平 和を題材に取り上げた編集者や、平和について学んだ友人に手紙を書くという 行動です。それは、平和をテーマとする市民集会や、平和を題材とする講演を 行うこと、平和についての文献を配布すること、平和について人に語ること、 平和展示会、平和行進、平和フロートといった形式をとりえます。平和の道を 約束する人々に投票するという形式も可能です。
草の根の平和活動は、きわめて重要です。この危機的な時代においては、すべ ての街に地域平和共同体があるべきです。そういった集団は、関心をもつ一握 りの人々と始めることができます。あなたから始めることができるのです!
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内なる平和への歩み - 往復書簡より -
- 2007-10-21 (Sun)
- 霊性
「ピース・ピルグリムについて」に書きましたように、 ピース・ピリグリム(平和の巡礼者、Peace Pilgrim)の考えが簡潔にまとめ られた冊子「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」 について、本文以外の部分(「要約」、「考察」、「往復書簡より」、「平和の巡礼者の進展」)の日本語訳を順次掲載しています。
本文の日本語訳は、
Steps Toward Inner Peace(日本語)
をご参照ください。
以下は、「往復書簡より(From My Correspondence)」の日本語訳です。
内なる平和への歩み (Steps Toward Inner Peace)
往復書簡より(From My Correspondence)
Q: 生活のために働いていますか?
A: 私は、通常ではないやり方で生活のために働いています。私がその生活に影
響を与える人々と、人類に対して、思考、言葉、行いを通してできることを奉
仕しています。そのお返しとして人々が与えたいと思うものを受け取っていま
す。しかし、私はそのことを求めてはいるのではありません。彼らは、彼らが
与えるものによって祝福され、私は、私が与えるものによって祝福されていま
す。
Q: なぜお金を受け取らないのですか?
A: 私は、霊的な真実について話しており、霊的な真実は決して売られるべきも
のではないからです― それを売る人は霊的に自分自身を傷つけます。郵便で来
るお金 ― 請われることなく送られてくるもの― もありますが、自分のために
は使いません。私はそれを印刷や郵送料のために使っています。霊的な真実を
買おうとする人々は、それを受け取る用意がまだ整っていないのに、手に入れ
ようとしています。この素晴らしいほどに、よく秩序だてられた宇宙では、用
意が整ったときに、それは与えられるのです。
Q: 孤独になったり、落胆したり、疲れたりはしませんか?
A: いいえ。あなたが神との絶えまないコミュニケーションの内に生きるとき、
孤独感を感じることはありません。あなたが神の素晴らしい計画の働きに気づ
き、すべての善き努力は善き果実をもたらすことを理解するとき、落胆を感じ
ることはありません。あなたが内なる平和を見出したとき、宇宙のエネルギー
の源泉に触れており、疲れを感じることはありません。
Q: リタイアメントはどういった意味をもちえますか?
A: リタイアメントとは、活動の休止ではなく、より完全な形で奉仕に生を捧げるように活
動が変化することを意味すべきです。したがって、それは、あなたの人生の中
で最も素晴らしい時間 ― 幸福で意味ある形で忙しいという時間 ― となりま
す。
Q: どうすれば神を近しく感じることができますか?
A: 神は愛であり、あなたが愛に満ちた優しさをもって手を伸ばすとき、いつで
も神を表現しています。神は真実であり、あなたが真実を求めるとき、いつで
も神を求めています。神は美であり。あなたが花や夕映えの美しさに触れると
き、いつでも神に触れています。神はすべてを創り、すべてを維持し、すべて
を一つにし、すべてに生を与える知性です。そうです、神はすべての本質です。
したがって、あなたは神の内にあり、神はあなたの内にあるのです― あなたは、
神がいない場所にいることはできないでしょう。すべてに浸透していくことが
神の法則です ― 物質的な法則と霊的な法則のいずれもです。その法則に従わ
ないなら、不幸を感じるでしょう ― 神から切り離されていると感じるのです。
その法則に従うなら、調和を感じるでしょう― 神を近しく感じるのです。
Q: 善きこととは何でしょうか。どうすれば私の生活を善きことで満たすことが
できるでしょうか?
A: 善きことは、あなたや他の人々のためになることです。外側から何らかの感
化を受けるかもしれませんが、最終的には、どのような善きことで自分の生活
を満たしたいかをあなたの内側から理解しなければなりません。それから、あ
なたが考える善き人生とはどのようなものあるべきかという計画をたて、その
計画に沿って生きるのです。それは、体に良いことを含むかもしれません ―
たとえば、歩くことや、運動のようなことです。あるいは、知性を刺激するも
の ― たとえば、意味のある読書。あるいは、感情を上向きにさせるもの ―
たとえば、良い音楽。しかし、何よりも大切なことは、あなたにとって霊的に
良いことであろうとするなら、他の人々に対する奉仕を含む必要があるという
ことです。
Q: 問題に直面したとき、知的にそれを扱うために、何ができるでしょうか?
A: それが健康問題なら、「私は自分の体を誤って使っていないか」と自分に問
いかけなさい。心理的な問題なら、「神が私にそうあってほしいと望むほどに、
私は愛に満ちているだろうか」と自分に問いかけなさい。経済問題なら、「私
に相応な生活をしているだろうか」と自分に問いかけなさい。あなたが現在行っ
ていることが未来を創ります。だから、素晴らしい未来を創るために、今とい
う時を使いなさい。あなたは、絶え間なく、思考を通して、自分の内的な状態
をつくり、あなたの周りの状況を創ることに手を貸しているのです。
したがって、自分の思考が肯定的な側面を見るように保ちなさい。
起きうることで最良のことについて考え、起きてほしいと願う善きことについ
て考えなさい ― 神について考えなさい!
Q: 私はどのようにして本当の意味で生を生きることができますか?
A: 私は、あらゆる状況を見て、そこで自分がどういう奉仕ができるかというこ
とを考え始めたとき、本当の意味での生を生きはじめました。
助けることに押し付けがましくなるべきではなく、ただ厭わないでそうしたい
という気持ちをもつことを学びました。
たびたび援助の手を差し伸べることができました― あるいは、愛情を込めた微
笑みや、励ましの一言だったかもしれません。
人生にとって価値あるものを受け取るのは、与えることを通してであるという
ことを学びました。
Q: 通常の主婦や母親は、あなたがもっているように思えるものをどのように
して見出すでしょうか?
A: 家族という構図の中にいる人(多くの人がそうです)は、私が見出したのと
同じやり方で内なる平和を見出します。私たち皆に等しく働く神の法則に従い
なさい ― 物質世界の法則のみならず、人間の行いを支配する霊的な法則にも。
善いと信じるすべてのことを生きることから始めるのもよいでしょう。私もそ
うしました。神の計画におけるあなた独自の位置を見つけ、それに適応しなさ
い。そういった位置は、各々の人間の魂にとって独自なものです。私が行った
ように、受容的な沈黙の内に探求を試みるのもよいでしょう。家族という構図
の中にいることは、霊的な成長にとって障害ではないですし、ある場合には強
みとなります。私たちは問題解決を通して成長しますが、家族の構図の中にい
ることは、成長につながる多くの問題をもたらしてくれます。家族の構図に入
るときは、まず自己中心性から家族中心性へと移ることになります。純粋な愛
は、見返りに何かを得るという考えなしに、喜んで与えようとします。家族の
構図は、純粋な愛の最初の経験を与えます ― 母親や父親がもつ子供に対する
愛です。
Q: より美しく生きるようになることには、痛みが伴うものでしょうか?
A: 霊的な成長には、神の意志を進んで遂行し、もはや追い立てられる必要がな
くなるまで、痛みが伴うでしょう。神の意志との調和から外れたとき、困難は
訪れます ― その困難の目的は、あなたを調和の中に追い立てることにありま
す。喜んで神の意志を遂行するなら、その困難を回避することができます。
Q: 安らげるようになりたいという欲求をもはや抱くことなく、安らぎの状態に
入ることはあるでしょうか?
A: 内なる平和を見出したとき、そうなりたいという要求をもう抱くことはあり
ません ― あなたは、そうあることに満足します。それは神の導きにしたがっ
ていることを意味します。しかしながら、あなたは成長し続けているのです ―
ただし、調和したやり方で。
Q: 本当の意味で宗教的な人とはどういう人でしょうか?
A: 本当の意味で宗教的な人とは、宗教的な態度、すなわち、同胞の人間に対す
る愛情に満ちた態度や、神に対する敬虔な態度をもっている人であろうと思い
ます ― 神の法則や導きに対する敬虔な態度です。そして、自己に対する宗教
的な態度をもっています― あなたは自己本位の性質や肉体以上の存在であるこ
と、生というものは地上の生活以上のものであることを理解しているというこ
とです。
Q: 怖れは何によって克服されますか?
A: 宗教的な態度が怖れを克服するのだろうと思います。同胞の人々に愛情のこ
もった態度をとっているなら、彼らを怖れたりはしないでしょう。「完全なる
愛は怖れを崩し去る。」神に対する敬虔な態度によって、あなたは神の存在を
常に気づくようになるでしょう。今の体を着ているにすぎないことを理解すれ
ば ― 体は破壊されることはあっても、その体に息吹を与えている実在こそが
あなたであって、破壊されることなどありえないということを理解すれば ―
何を怖れることがあるでしょう。
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内なる平和への歩み - 考察 -
- 2007-10-21 (Sun)
- 霊性
「ピース・ピルグリムについて」に書きましたように、 ピース・ピリグリム(平和の巡礼者、Peace Pilgrim)の考えが簡潔にまとめ られた冊子「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」 について、本文以外の部分(「要約」、「考察」、「往復書簡より」、「平和の巡礼者の進展」)の日本語訳を順次掲載しています。
本文の日本語訳は、
Steps Toward Inner Peace(日本語)
をご参照ください。
以下は、「考察(Thoughts)」の日本語訳です。
内なる平和への歩み (Steps Toward Inner Peace)
考察(Thoughts)
私たちは、善きことを行おうとすることに人生のすべてを費やすことができ ます。人に会うときはいつでも、元気づけることを言うことを考えなさい ― 親切な言葉、役立つ提案、称賛の表現。ある状況に入るときはいつでも、何か 良いことをもたらすことを考えなさい ― 思いやリのある贈り物、思慮深い態 度、手助け。
あなたが抱いている思考や、行っていることが、あなたにとって正しいかど うかを判断する基準があります。その基準とは、それらが内的な平和をあなた にもたらしたかどうかです。そうでないならば、どこか間違ったところがあり ます ― だから挑戦しつづけなさい。
あなたが十分に人を愛するならば、彼らは愛情のこもった反応を返してくれ るでしょう。私が人の感情を害するなら、私は自分を責めます。私の行いが正 しかったなら、彼らは、私と意見が一致することはなかったにしても、感情を 害されることはなかっただろうと思うからです。「声は、話すことができる前 に、傷つける力を失ったにちがいない。」
精神的に沈んだ人に対して、私は言います。「あなたの周りを美しい音楽と 愛らしい花で満たすように心がけなさい。感化を与えてくれるような考えを読 み、記憶するようにしなさい。あなたが感謝しなければならないすべての物事 のリストを作るようにしなさい。行いたいといつも思っていた善きことがある のなら、それを実行することを始めなさい。自分のために意味のあるスケジュー ル立て、それに従いなさい。」
他人があなたのことを哀れに思うことがあっても、決して自分で自分のこと を哀れと思ってはいけません - それは霊的な豊かさに致命的な結果をもたら します。いかに困難な問題であろうとも、すべての問題を霊的な成長の機会と 捉え、その機会を最大限に利用しなさい。
あなたが読むすべてのものと、あなたが会うすべての人から善きものを選び 取りなさい - 善きものとは、あたな自身の「内なる教師」が、あなたのため であると言うもののことです。そして、他のものは置いておきなさい。導きや 真実を求めるなら、人や書物に頼るよりも、あなたの内なる教師を通して「源」 に心を傾ける方が、ずっと役に立ちます。書物や人は単にあなたを刺激するこ とができるだけです。あなたの中にある何かを目覚めさせることがなければ、 価値あることは何も達成されません。
物質的なものや、場所や、人に執着している限り、誰も本当の意味での自由 にはなれません。私たちは、物を必要とするときにそれを使い、その物が用済 みとなったとき惜しみなく捨てることができなけばなりません。滞在する場所 を味わい、楽しみ、しかるに、他の場所に呼ばれたら、苦悩することなく去る ことができなければなりません。人々を所有するといった考えや、彼らの人生 を操作するといった考えをもつことなく、彼らとの愛情に満ちた関係の中で生 きることができなければなりません。あなたが懸命に縛りつけようとするもの はすべて、あなたを縛りつけるでしょう。あなたが自由を望むなら、自由を与 えなければなりません。
霊的な生活は現実の生活です - その他のものは錯覚であり幻想です。神の みに執着する者だけが真に自由です。最も高い光に沿って生きる者のみが調和 の中に自らの生を見出します。最も高い動機に動かされて行う者のみが、善き ことのための力となります。他人が著しく影響を受けることは重要なことでは ありません。結果は、決して求められるべきものでも、目的とされるべきもの ではないのです。あなたが行うすべての正しい行い ― あなたが行うすべての 善きこと ― あなたがいだくすべての肯定的な思考 ― それらのことは良い結 果をもたらすのだということを理解してください。
すべての人は平和の働き手です。あなたが不和な状況に調和をもたらすとき は、いつでもあなたは平和の全体の構図に貢献していることになります。あな たが自分の生の中に平和を宿す限り、あなたはその平和を周囲の環境や世界に 対して反映させているのです。
外側からもたらされたものは、知識と対応させることができます。それは何 がしかの信念に導きますが、行動に駆り立てるほど強さをもつことはほとんど ありません。外側から与えられ、その後、心の内で確信されたものや、心の内 から直接知覚されたもの(これが私のやり方です)は、知恵と対応させること ができます。それは理解に導き、行いがしっかりと伴います。
霊的に成長していく過程においては、私たちは、物質的な事柄にはもはや執着 しなくなり、人々に執着することなく彼らすべてを愛することができるように なるまで、何度も新天地でやり直し、人生の多くの章を閉じることをたびたび 迫られます。
ある状況から愛情を込めたやり方で去ることができないなら、その状況を霊 的な傷なしに去ることはできません。
あなたが誰かに教えたいならば、彼らが若かろうと、老いていようと、彼ら の理解のレベルから始めなければなりません。彼らがあなたの理解のレベルを 既に超えていることが分かったら、彼らに教えてもらいなさい。霊的な向上へ の歩みは、そのような変化に富んだ順序で進んでいきます。私たちのほとんど は、互いに学びあうことができます。
肉体的な暴力は、私たちが愛する方法を学ぶ前にさえ終わらせることができ ます。しかし、心理的な暴力は、私たちが愛する方法を学ぶまで続くでしょう。 法によって得られるのは外的な平和のみです。内なる平和へは愛を通して辿り つきます。
受け取るために自分を開くことができるように、与えることに専念しなさい。 もっと多くの光に対して自分を開くことができるように、あなたがもつ光にし たがって生きることに専念しなさい。
肉体の問題は、ときとして、肉体は一時的な仮の衣にすぎないということを示 すことになります ― 実在しているのは、肉体に息吹を与えている破壊できな い本質であるということを。
あなたが内なる平和を見出した後、霊的な成長が調和の内に起きます。なぜ なら、あなたは ― 今や高い次元の自己に支配されています ― 神の意志を進 んで遂行するようになり、追い立てられる必要はなくなるからです。
神の意志を遂行する者を脅かすものは何もありません。そして、神の意志と は愛と信仰です。憎しみと怖れをいだく者は、神の意志との調和から遠ざかっ ており、おそらく困難に出会うことになるでしょう。
あなたの人生におけるすべての困難は一つの目的をもっています。それらの 困難は、あなたを神の意志との調和へと向かわせるでしょう。
正しいことを行うための方法は常にあります。
私たちの苦しみは未熟さから来ています。私たちが成熟した人間であるなら 戦争は問題とはならないでしょう ― 戦争は不可能となるからです。
もちろん私は「愛の法則」を信頼しています。宇宙は「愛の法則」にしたがっ て動いているので、どうして他の何かを信頼することができるでしょう。
「光」に関して言えば、私は、「光」がつくる影ではなく、「光の源」に直 接向かいます。私はまた、もてる最も高い「光」に沿って生きることによって、 より多くの「光」が私の元に届くようにすることもできます。「源」から来る 「光」を見誤ることはありえません。なぜなら、それは完全なる理解を伴って いるので、それについて説明したり、語り合うことができるからです。
他の人々について判断することは、あなたにとって何にもならず、あなたを 霊的に傷つけます。他の人々が自分で自分のことを判断する気になるように感 化することができて、はじめて価値あることが達成されたといえるでしょう。
正しい努力を無益なものと考えてはなりません。すべての正しい努力は、私 たちがその結果を目にすることができるかどうかは別にして、善き結果を産み ます。平和のために考え、生き、行動し、そして、他の人々が同じように行動 する気になるように感化することに専念し、結果は神の手に委ねなさい。
あなたは、あなた以外の何者かを変えることはできません。あなたが模範となっ たとき、他の人々が自分を変える気になるように感化することができます。
対立の状況においては、あなたは、自分にとって有利となる解決策ではなく、 関係するすべての人々にとって公平となる解決策を考えなければなりません。 関係するすべての人々にとって公平な解決策のみが、長い目でみれば、うまく いく解決策となりえます。
あなたの働きが善き結果をもたらすことを意図するなら、あなたの動機は善 きものであらねばなりません。
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内なる平和への歩み - 要約 -
- 2007-10-21 (Sun)
- 霊性
「ピース・ピルグリムについて」に書きましたように、 ピース・ピリグリム(平和の巡礼者、Peace Pilgrim)の考えが簡潔にまとめ られた冊子「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」 について、本文以外の部分(「要約」、「考察」、「往復書簡より」、「平和の巡礼者の進展」)の日本語訳を順次掲載しています。
本文の日本語訳は、
Steps Toward Inner Peace(日本語)
をご参照ください。
以下は、「要約(Summary)」の日本語訳です。
内なる平和への歩み (Steps Toward Inner Peace)
要約 (Summary)
4つの準備
1.人生に対して正しく向き合いなさい
逃避することをやめ、上辺を繕うだけの生き方をやめなさい。そういった態度 は、あなたの人生に不調和をもたらします。生きることに正面から向き合い、 表面の空疎な物事を突き抜けて、真理と真実を見つけなさい。人生があなたの 前に与えた問題を解決しましょう。そうすることで、問題の解決が内的な成長 に役立つということに気づくでしょう。集合的な問題を解くことに手を貸すこ ともあなたの内面の成長に役立ちます。そういった集合的な問題を決して避け るべきではありません。
2.善き信念を生きなさい
人間の行いを支配する法則は、重力の法則のように厳格に働きます。その法則 に従うことは、私たちを調和へと導き、従わないことは不調和へと導きます。 これらの法則の多くは、既に誰もが知っている共通の考えとなっているので、 始めるためには、あなたが善いと信じるすべてのことを実践にうつせばよいだ けです。信念と実践が調和しない限り、人生は調和のとれたものとはなりませ ん。
3.「生のパターン」の中に自分の場所を見つけなさい
あなたは物事全体の成り立ちの中で自分の役割を担っています。その役割が何 なのかは、あなた自身の中からのみ学ぶことができます。あなたは、受容的な 沈黙の内に、その役割を探すことができます。その役割に沿って生きること を始めるためには、あなたが行いたいと思うすべての善きことを実践し、人の 生活を占有しがちな上辺だけの物事のどれよりも、それらの善きことを優先す ればよいのです。
4.内的な豊かさと外的な豊かさを調和させるように生活を簡素化しなさい
不必要な所有物は不必要な重荷です。多くの生活は、不必要な所有物だけでな く、意味のない行動によっても混乱させられます。混乱した生活は、調和のな い生活であり、簡素化が必要です。人間の生活において、欲望と必要なものは 一致させることができます。これが達成されると、内的な豊かさと外的な豊か さの間が調和することを感じとれるようになるでしょう。そういった調和は、 個人の生活だけでなく、集団の生活においても必要とされます。
4つの浄化
1.身体という神殿の浄化
悪い習慣から遠ざかっていますか?食生活において、生命にとって重要な食品 物 ― 果物、全粒穀物、野菜、木の実― を多く摂っていますか?早寝をし、十 分な睡眠をとっていますか?新鮮な空気、運動、自然との触れ合いを多く取り 入れていますか?これらの問いすべてに対して、答えが「はい」ならば、あな たは身体という神殿の浄化に尽力しているといえます。
2.思考の浄化
正しいことを行い、正しいことを言うだけでは十分ではありません。正しいこ とを考えることも必要です。肯定的な思考は、善きことのために強い影響力を 発揮しえます。否定的な思考はあなたの身体を病気にすることができます。あ なたと他の人々の間に、わだかまりがないことを確かめなさい。なぜなら、思 いやりのない想いをいだくことを止めて、はじめて内なる調和を獲得すること ができるからです。
3.欲望の浄化
あなたは、人間の行いを支配する法則や、物事全体の成り立ちの中でのあなた の役割と調和することを目指して、ここにいるのですから、あなたの欲望はそ の方向に焦点をあてるべきです。
4.動機の浄化
言うまでもなく、あなたの動機は、欲や利己主義、あるいは、優越感を得よう とする願望であってはなりません。自分自身のために内なる平和を得るという 利己的な動機をもつことさえすべきではありません。あなたの生に調和がもた らされる前に、同胞に奉仕することがあなたの動機とならねばなりません。
4つの放棄
1.身勝手さの放棄
あなたは、2つの自己 ― たいていは利己的な目的のためにあなたを支配する より低い自己と、名誉ある目的のためにあなたを使おうといつでも用意ができ ているより高い自己 ―をもっている、あるいは、もっているかのようです。あ なたは、より低い自己を従属させなければなりません。そのためには、やりた いと思っても良くないことを行うことからは身を遠ざけましょう。ただし、そ ういったことを抑えつけてしまうのではなく、より高い自己があなたの人生を 支配するような形に転換させましょう。
2.疎外感の放棄
世界中の私たちは皆、人類という体の細胞の一つ一つです。あなたは、同胞で ある人類から切り離されてはいません。また、自分だけで調和を見出すことは できません。すべてと一体であることを自覚し、すべてにとっての善きことの ために働いて、はじめて調和を見出すことができるのです。
3.執着の放棄
あなたは、すべての執着を放棄して、はじめて本当の意味での自由となりえま す。物質的な物は、使用されるために存在しているのであって、用済みとなっ たのに捨てることができないものはすべて、あなたを所有するようになります。 他人を所有しようとする考えをもたなくなって、はじめて同胞たちと調和をもっ て生きることができます。それゆえ、他の人たちの生き方を操ろうとしてはな りません。
4.否定的な感情の放棄
否定的な感情を放棄することに取り組みなさい。あなたが、今この時を生きて いるなら、実際のところ、それがあなたが生きなければならない唯一の瞬間で すが、心配しがちな傾向は小さいでしょう。ひどいことを行う人間は心理的に 病んでいるということを理解すれば、怒りの感情は憐れみの感情へと変化する でしょう。あなたの内面が傷つくのは、すべて、自らの間違った行為、自らの 間違った反応、自らの間違った無行動から引き起こされていることを理解すれ ば、自分で自分を傷つけることをしなくなるでしょう。
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ピース・ピルグリムについて
- 2007-10-21 (Sun)
- 霊性
「ピース・ピルグリム(平和の巡礼者、Peace Pilgrim)」という名をもつアメリカ人の女性が いました。
彼女は、1953年から1981年の28年間に渡って、平和のメッセージを たずさえ、北米大陸を25,000 マイル以上歩きました。彼女が持っていた ものと言えば、クシ、歯ブラシ、ペン。文字通り体一つで、どんな組織にも属 さず、歩きました。「人類が平和の道を学ぶまでさすらいの身であり続けます。 休む場所が与えられるまで歩き続け、食べ物が与えられるまで断食します」と いう彼女の言葉通りに。
彼女は、「善きことによって悪しきことを克服し、愛によって憎しみを克服し、 真実によって偽りを克服する」という平和のメッセージをたずさえ、出会う人々 に語りかけました。彼女は、それぞれの人が内なる平和を獲得することで、人々 の間の平和、地域、国家、世界の平和がもたらされると説きます。
自らの内なる真実を行動によって現した彼女の生き方には、大きく心を動かされまし た。
彼女が亡くなった後、 「ピース・ピルグリムの友人たち(Friends of Peace Pilgrim)」というグループが、彼女の精神を受け継ぎ、 彼女の考えを伝える冊子やテープなどを無料で配布しています。
その中で、冊子「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」は、彼女の考えを簡 潔に伝えたもので、各国語に翻訳されています。英語のオリジナルと、 日本語訳は次の場所で読むことができます。
冊子「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」は、本文に加えて、
- 「要約(Summary)」
- 「考察( Thoughts)」
- 「往復書簡より(From My Correspondence)」
- 「平和の巡礼者の進展(Peace Pilgrim’s Progress)」
から成っているのですが、日本語訳 には、本文以外の要約、考察などの部分がありませんでしたので、 拙い訳をつけてみました。
この「内なる平和への歩み(Steps Toward Inner Peace)」は、ピース・ピル グリムの精神を汲んで、著作権、版権が主張されていません。
彼女の生き方や考えに関心をもつ人のお役に立てればと、 「要約」、「考察」、「往復書簡より」、「平和の巡礼者の進展」の部分の日本語訳をこのブログに順次掲載していきます。
本文は、 Steps Toward Inner Peace(日本語) をご参照ください。
更新(2007/10/22):本文以外の日本語訳は、次の場所に掲載しました。
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